ふたりで街歩き1


※四章『安穏』のあと。未読の方はネタバレ注意です。







「……すっかり忘れてた」
「ん、どーしたの?」

朝食のあと食後の茶を飲んでいる最中、エリオットが突然声を上げたのでジンイェンは首を傾げた。
エリオットは今日、休日なのでゆっくりとしている。一方ジンイェンはカルルや他の狩猟者と約束をしているので、出かける前のひと時だった。

「国立図書館に行く用事を思い出した」
「そーなの?俺も斡旋所に寄るから途中まで一緒に行こうよ」
「ああ」

それぞれに出かける準備をし改めて顔を合わせると、エリオットの胸に抱かれた数冊の本にジンイェンが目を留めた。

「図書館で本借りてたの?」
「まあな。といっても図書館職員の個人の持ち物だが……」
「何の本?」

ひょいとエリオットの手から本を取り、そのタイトルを見たジンイェンは声を上げて笑った。
それはエリオットが図書館職員のロドニーから半ば強引に押し付けられた冒険活劇小説だった。

「あー俺これ知ってる!すっごい人気なんだよねぇ」
「そうなのか?」
「そうそう。メルスタン領の小国出身の主人公が何故か剣も魔術も神聖術も使える万能の力を持ってて、貴族の美女や始祖種族の可愛い子とかとにかく女の子にモテまくる話でしょ?」
「詳しいな」
「ちょっと読んだことあるよ。話の筋は面白いと思うけど、一巻の半分読んで飽きちゃった」

ジンイェンはページをまくりながら、くくく、と笑いを噛み殺している。

「ベルがこの本の大ファンでさぁ、新刊出るたびに図書館に借りに行ってんの。真面目な顔して『主人公はどの娘と結ばれると思う?』って聞いてくるし」
「そ、そうか……」

見かけによらずロマンチストなベリアーノの一面を聞いてエリオットは唇の端を引きつらせた。

「読んだの?」
「一応」
「アンタもこういうの好きなの?」
「いや……。好みには合わなかったな」

ジンイェンの言う通り、非現実すぎてエリオットはずっと疑問符を浮かべながら読んでいた。
それでも借りたからには目を通すのが礼儀だろうと思い最後まで読んではみたのだ。かなり時間はかかったが。

「えーじゃあどうして借りてきたの?」
「話の流れでそういうことになったんだ」
「ふぅん」

ジンイェンはエリオットに本を返し、ちゅ、と軽く口付けた。それが合図だったかのようにそのまま数回キスを重ねる。
そのあと二人連れ立って家を出、国立図書館前に到着した。そこで別れるのかと思いきや、ジンイェンはエリオットに付いて館内に入った。

「斡旋所はいいのか?」
「へーき。約束の時間まではまだあるし。それになんか俺とエリオットの馴れ初めの場所って思うと感慨深いよね?」
「……そうだな。きみはどこからどう見ても胡乱な不審者だった」
「あ、ひどいなー」

天井の高い大閲覧室にジンイェンの笑い声が響く。
何人もの司書と来館者にじろりと睨まれ、エリオットは居心地悪く彼を小突きながら受付へと足早に移動した。そこには顔見知りの職員がいたので軽く挨拶を交わした。

「ロドニー・パステン司書は今日いますか」
「ええ、いますよ。第十一図書室にいるはずですから、呼んできましょう」

女性職員が席を立ちロドニーを呼びに行っている間、エリオットの隣でジンイェンはきょろきょろとあたりを見回していた。

「ジン、どうした?」
「えー?や、ここあんま来ないし珍しいから見てるだけ。マジですごいね。本ってここだけじゃないんでしょ?てかここエロい本もある?」
「官能小説のことか?第二図書室あたりで卑猥な題名の本を見かけたことがあるな」
「読んだ?」
「興味ない」

狩猟者は大陸中を移動することが多々あるので、本のような私物は持てない。そこで、図書館が繁盛するというわけだ。
ジョレットは他の街よりも図書館が充実しているので、それらしい風体の者も館内でちらほらと見かける。


next

←main


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -