きみの名前


エリオットが休日の日、ジンイェンも家で仕事に使う道具のメンテナンスをしていた。
居間でソファーの対面に座りながらエリオットは読書、ジンイェンはテーブルに道具を広げて点検、と黙って別々のことをしていた。

そのまま一時間ほど過ぎたあと、ふとエリオットは本を閉じた。

ジンイェンは愛用の小刀の柄に巻きつけられた赤い紐を解き、新しいものに巻き直している。
魔物の血の脂を吸ったり擦り切れたりして劣化するので定期的に交換しなければならないらしい。
鍛冶屋に頼んでもいいが、そうすると微妙な握り心地が変わってしまうので自分でやった方がいいのだと説明された。
エリオットはそんな彼の手元を興味津々で覗き込んだ。

「器用なものだな」
「こんなの慣れだよ慣れ。誰でもできるし。俺からしたらアンタの魔術のがすごいよ」
「なぁ、ジン」
「んー?」
「ふと思ったんだが、きみは皆にジンという愛称で呼ばれてるよな」
「うん?そうだね。ジンイェンってこっちの人は発音しにくいだろーからね」
「……僕もそう思ってた」

エリオットが素直に告白すると、ジンイェンはけらけらと明るい声で笑った。

「だよね。それに俺自身、『イェン』の部分がねー、こっちの人の発音だと変に聞こえるから気になっちゃうんだよ。だからジンで通してる」
「そうなのか」
「なんていうの?ウェン?みたいに聞こえる。ロスバルトなんか特にそう。だから愛称でいーって言ってるのに、あのカタブツ」

唇をひん曲げ「ジンウェン」と再度言って、ジンイェンが渋い顔をする。
それが元騎士のロスバルトの物真似だとわかってエリオットは小さく噴き出した。

「僕もそうなってるか?ええと……ジンイェン」
「うーん、そうだね、なんか微妙に違うんだよねぇ」
「ジンイェン」
「あ、惜しい。もうちょっとこう、舌を上顎にくっつけて伸ばし気味にして」
「ジンイェン。ジンイェン?いや、こうか?……ジンイェン」
「…………」
「ジン?」

ジンイェンは、紐を巻き終えた小刀を大道芸人がやるようにくるくると宙に投げては取るという、器用なことをしながらニヤニヤと笑った。
その様子に気付いたエリオットは訝しげに彼を見やった。

「どうした?」
「いやー、一生懸命俺の名前呼んでるエリオットが可愛いなぁって」
「…………」
「ベッドの中でもいっぱい俺のこと呼ぶよねー」

エリオットから冷たい視線が飛んできてジンイェンは肩をすくめた。そして小刀を革の鞘に収めると、好色な笑みを最愛の恋人に向ける。

「思い出したらやりたくなっちゃった」
「……昼間から何を言ってるんだ」
「えーしたくなるのに時間なんか関係ないでしょ?俺としてはもう今日はずっとベッドで過ごしたっていいんだけど」
「きみは……」

軽蔑するような言葉とともに、少し照れた顔をするエリオットの姿にジンイェンは目尻を下げた。

「する?」
「しない!……まだ」

あとでならいいという了承を取り付けたジンイェンが、機嫌良さげにソファから立ち上がって伸びをした。

「じゃあお茶でも飲もっか。スコーンとエッグタルト作ったし。クロテッドクリームも作ってみたよ」
「……きみ、だんだん料理の腕が上がってないか?」

鼻歌を歌いながら台所へと消えるジンイェンの背中を見送ったエリオットは、微笑みを浮かべながら「ジンイェン」と宝物でも愛でるように恋人の名を呟いた。



end.

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