僕と彼の青い春・拍手SS


※本編後
 透(2年)×紘人(3年)



生温い風が吹くたびに汗が流れ落ちる真夏。そんな季節の、夜になりかけの時間帯。

「先輩こっちこっちー」

大げさに手を振るその姿を見て、僕は小走りにそちらへと近寄っていった。
透は動きやすそうなプリントTシャツとハーフパンツにキャップというシンプルかつラフな服装にもかかわらず、ひときわ格好良く見える。


――数日前、透から少し遠くの場所で行われるという夏祭りに誘われた。同日花火も上がるというので、かなり賑わう祭なのだそうだ。
祭の行われる会場近くの駅前で待ち合わせしたのだが、まだ空はうっすらと明るいのにすでに人でごった返している。
透と無事合流できたことに胸を撫で下ろし彼の隣に並んだ。

「あー先輩見つかってよかった!俺ちょっと迷っちゃったからさ、電話するとこだった」
「まだ待ち合わせ時間まで余裕があったから飲み物を買いに行ってたんだ。すまない」
「そんなことで謝んないでって。……ってなに、俺の分まで買ってくれたの?」

頷いてペットボトルを差し出すと、透が目を丸くした。彼が好んでよく飲んでいるスポーツドリンクはこれで合ってるはずだ。
たまには先輩らしくおごりで、と言い添えると透は破顔一笑した。

「ありがと先輩!ちょー好き!」
「ど、どういたしまして」

大きい声でそんなことを言うから焦った。
僕達は一見普通の先輩と後輩に見える……はずだ。けれど、本当は恋人同士だからこんな何気ない一言にもいやに敏感になってしまう。
こんなに人の多い場所で誰も気にしないとは思うが、それでもやはり落ち着かずそわそわと肩を揺らした。だって、僕にとってこれは紛れもないデートだから。

僕は、こういう屋台の出るような祭に来たことが本当に数えるくらいしかない。
家族は全員人の多い雑多な場所が好きではないし、それならば自宅や別荘で家族揃ってのんびりしていたいと考えているからだ。
それでも透とならこういうのもきっと楽しめるのだろうなと思って、受験勉強の息抜きも兼ねて誘いをOKしたのだった。

「先輩なに食う?イカ焼きとかどう?」
「まだそんなに腹は空いてないんだ」
「マジすか。えーじゃあ俺好きなの買っていい?そんで、先輩が食べたいものあったら分けたげる」
「ああ、それでいい」

透は嬉々としてあれもこれもと屋台を覗き込んではめぼしいものを買っていった。
大盛り焼きそば、たこ焼き、から揚げ、チョコバナナ、カキ氷――。一体その細身の体のどこに入るのかと疑問になるほどの量だ。
それらをぺろりと平らげる頃にはあたりはすっかり暗くなり、そろそろ花火が見える場所へ移動しようという話になった。
しかし途中で浴衣姿の集団にぶつかると隣を歩く透の足が不意に止まった。

「あれっ透くん?」
「ほんとだ、透くんじゃん」
「ありゃー新木ちゃん?てか、みんなも来てたんだ」

数人の浴衣の女子と透が出会い頭に自然に話し始めた。彼女たちはどうやら透と顔見知りだったようだ。
どんな繋がりの友人なのかと思って顔を上げると、それと同時にすぽんと頭に何かが被さった。その何かは、透が被っていたキャップだった。
つばをぐっと下げられて、なるほど僕と一緒にいるところを彼女たちに見られたくないのだなと察する。
その意図を汲んでさりげなく透と距離を取ろうとしたら何故か腕を掴まれた。

「偶然だねー、透くんは明日のほうに行くと思ってた」
「うん行くよ。男バス連中とはね。今日は別のツレがいるからさ」
「あ、そっかそっか引き止めちゃってごめーん。じゃ、また学校でね!」

新木ちゃんと呼ばれた女子とその他の子はそれぞれ手を振って笑いながら離れていった。
からんころんという下駄の音が楽しげで、髪を上げて少し大人びた浴衣のうしろ姿が眩しく見えた。

雑踏に紛れていく彼女たちをじっと見ていたら、頭に嵌まったキャップが被さったのと同じように唐突にはずされた。

「今の女バスの子たちなんだけど、先輩見られたら絶対うるさいからさ、隠すようなマネしちゃってごめんね。つか俺のキャップ汗臭かったよね?マジでごめん」
「そんなことはないが……」
「なぁに、あの子らのことそんな見ちゃって。俺も浴衣着てくればよかった?……って、持ってないけど」

子供っぽく不満げに唇を尖らせた透を見て慌てて首を振る。

「そ、そうじゃなくて。きみは明日も祭に来るんだな」
「ん?あーそうそう。このお祭今日明日とやってるから、明日は部活連中とね。でも先輩のが先〜」

僕を優先してくれたというような言い方に嬉しくなる。こんなちょっとしたことで一喜一憂して、僕は本当にどうしようもないくらい彼のことが好きらしい。
その上昇した気分に促されるままに透の手を軽く握った。びっくりしたような表情が見えて少しだけ胸がすく。

「きみは暗いところが苦手なんだろう?」
「えっ?……あーああ、うん?そう……だっけ?」
「なんだそのはっきりしない返事は。きみ自身がそう言ってたんじゃないか」
「……あっ!えーっと去年の文化祭んときの話だよね。うん、えっと……覚えててくれて嬉しいですそしてゴメンナサイ。それ、嘘」

嘘?
透を見上げると、彼はばつの悪そうな苦笑いを浮かべていた。

「あのねー、あのとき先輩と手繋ぎたくてとっさに出た嘘でした。暗いとこ全然へーき……つか、今までさんざん暗い中で色々してるじゃん?」
「あっ……」

言われてみればそうだった。そういうことをするときは自分のことで精一杯で全く気づいていなかった。
自分の間抜けさに顔がかっかと熱くなる。恥ずかしさに繋いだ手を緩めたら、それ以上の力で握り返された。

「……あー、たこ焼きとか食わなきゃよかった」
「な、なんだ、腹でも痛くなったか」
「こんなソースくさかったら、今日は先輩とキスできないじゃん」

僕にだけ聞こえるような小さな声で言われて、ますます頬と額が熱くなる。

「とりあえず、口直しにこれいただきます」
「あ、ああ」

僕が渡したペットボトルのスポーツドリンクを飲み下す喉仏がどことなく色っぽく見えて、たまらない気持ちになった。
甘い液体に濡れた唇を軽く舐める姿すら卑猥に思える。

「……なんかさ、もう帰る?」
「は、花火は?」
「見たい?」

にっこりと微笑むその笑顔の裏に隠されたものが僕と同じだと察して、小さく首を振った。

「じゃ、帰ろ。先輩んち、寄っていーよね」
「……ん」

僕が頷いた瞬間に遠くで花火が打ち上がる音がした。
周囲の人々の視線が一斉に夜空に向いている間に、僕と透はしっかりと手を握ってその場をあとにした。





まだ食べ足りない様子の透は帰り際にわたあめを買った。
食べたことがないと言ったら僕にも分けてくれたのだが、食べ方が悪かったのか手がベタベタになってしまったのだった。

「わたあめって食うのに結構コツあるんだよねぇ」
「そうなのか……知らなかった」
「あーあ、紘人べったべたじゃん」

二人きりになって先輩呼びを止めた透は笑いながら僕の手首を取り、飴でベタつく指をぱくりと咥えた。

「と、透……」
「……ん、こっちも」

真っ赤な舌が僕の唇を舐め上げる。こくりと喉が鳴った。
それはそのままキスになる。透の柔らかな唇もわたあめと同じ味がした。

「あっま」
「透……」
「うん」

もっと、キスがしたい。
その呟きはわたあめのように唇の間に溶けて消えた。


end.

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