特効薬


「エリオットだいじょーぶ?」
「……ああ……」

応えながらもこんこんと咳をするエリオットの背中をジンイェンが優しく撫でる。
ここ数日少し気温が下がったせいか、エリオットは体調を崩した。熱が出て咳が止まらないのでフェノーザ校も昨日から休んでいる。
ジンイェンに「心配だから傍にいたい」と何度も訴えられたが、子供ではないのだからとその要求を突っ撥ねた。
しかし彼が仕事を終わらせて帰ってくる頃には、エリオットの病状は見事に悪化していた。

「薬師に診せた?」
「まだ……」
「もー、駄目だよそんなんじゃ。カルルじゃ病気は治せないんだから」

神官は病気を根本的に治療することはできない。彼らの治癒術は怪我の治療が主だからだ。病気の治癒は基本的に薬師の仕事である。
ベッドの中でぜえぜえと苦しそうにするエリオットに、ジンイェンは苦言を呈しながらも気遣わしげに様子を窺った。

「何か食べられる?」
「……食欲がない」
「だと思った」

ジンイェンがお見通しだと言わんばかりに軽く笑って、一度寝室を出てまた戻ってきた。
その手にはスープの器が乗っている。しかし中身はスープではなく、白くとろりとしたゼリー状のものだった。得体の知れないそれにエリオットの顔が険しくなる。

「ジン、これは?」
「これはねー、アンズの種肉の粉と砂糖を、牛乳で溶かしてトウモロコシデンプンで固めたものなんだけど。咳に利く薬みたいなもんだよ」
「薬師から買った薬か……?」
「違うよ。薬膳ってわかるかな?薬っていってもヒノンでは普通に食べられてる料理だし、変な物じゃないから安心して」

要するに『食べる薬』なのだと理解したエリオットは、おそるおそるスプーンで掬って口にしてみた。材料は菓子のようだから甘いのだろうと思ったが、やはり甘かった。
しかしつるりと喉越しが良く、よく冷えていて甘味もすっきりとした味わいだった。おかげで萎えていた食欲が戻ってきて、出された量を全て平らげた。

「……美味かった。ありがとう、ジン」
「そ?よかった」

食べ終わった器を取り上げたジンイェンは、すかさずエリオットの唇に軽くキスをした。頬や額に数回口付けて、名残惜しげにちゅ、と音を立てて離れる。
彼が離れた途端に再びこんこんと咳が出て、エリオットはまた背を撫でられた。

「他にも何か食べられそう?」
「そう、だな……」

先ほどのアンズのゼリーのおかげで腹が空いたと体が訴えている。
ジンイェンがいれば薬師いらずだ、とエリオットは可笑しく思った。彼がいない間ひどく心細かったのに、すぐ近くにいるというだけで活力めいたものが湧いてくるのだから。

「……ジン」
「ん、なに?」
「きみがいてくれて良かった」

エリオットの言葉にジンイェンが柔らかく微笑む。
その存在がとても愛おしく、反面彼がいない生活など最早考えられない。

「んーもう可愛いこと言ってくれちゃって!……早く元気になってね?ほんとは今すぐキスして色々しちゃいたいくらいなんだから」
「ああ」

指を絡ませながら手を握り、額を合わせて間近で瞳を覗き込む。ジンイェンの灰色の瞳にはエリオットのヘーゼルの瞳が写っている。
この熱も喉の痛みも、明日にはきっと和らいでいるだろう。そんな予感がしてエリオットは握り込んだ手に力を込めた。


end.

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