メンクイのバレンタイン


『受験お疲れさま、聡一郎君』
「ありがとうございます!」

香月さんに電話をかけるとそんなやりとりから会話が始まった。
受験も無事終わり、あとは合格発表を待つばかりという2月中旬――。
勉強の妨げになるからと会うのをずっと控えてたけど、このたび香月さんと久々に会うことになった。
「制服で来て」っていう香月さんの指定つきで。土曜なのに。……なんか、卒業してからも学ラン着させられるような気がしてならない。
最後に会ったのはクリスマスだったから……えっと一ヶ月半は会ってなかったのか。
香月さんから送られてくる自撮り写メを支えに受験を乗り越えてきた俺には最高のご褒美だ。写真もご褒美ではあるんだけど。

駅前の待ち合わせ場所に行くと、麗しの香月さんの姿があった。足を止めてしばし遠くから観察する。モノトーンの服がお似合いです香月さん!
あっ、めっちゃ美少女二人組に話しかけられてる。うおお素晴らしく絵になるなー……じゃない、彼氏としてはヤキモチ焼かなきゃいけない場面だろ、俺!
かといってあの美男美女の間に割り込んでいく勇気もなくてしばらくストーカーのように見守っていた。
ちょっと言葉を交わしたあと、美少女達は香月さんのもとから去って行った。
じっと見守っているなか、香月さんが動き出す。あれ、どこに行くんだろう?と思ってたら俺のところまでまっすぐ歩いてきた。そして大きな溜め息。

「聡一郎君……」
「うっ!ど、どーして俺がいるのわかったんですか!」
「どうして俺が気付かないと思うの?」

ちょっと不機嫌そうに言う香月さん。そんな表情も悩ましげで素敵だけど、物陰から観察されてたらそりゃ不愉快だよな。

「す、すいません……!」
「俺はきみに会いたくてしょうがなかったんだけど、聡一郎君は違うの?」
「写真があったんでそんなに……いえいえいえ生香月さんに会えてちょーうれしいです!!」
「きみって子は……」

呆れたように言われる。べ、別に顔目当てってわけじゃ……いや、そう思われても仕方ない。

「……うんまあ、いいんだけど。どうする、どっかでメシでも食う?」
「あ、いえ。香月さんの家に行きたいです!」

生香月さんを堪能するには家で二人きりが一番!と思って提案すると、彼が口を手で押さえた。目元がうっすらと赤い。

「きみって子は本当に……」
「えっ、ダメですか?」
「いや、大歓迎だけどさ」

香月さんがそう言うから思わず顔がにやけた。
大歓迎とかやっべ嬉しい。香月さん優しい!夏にバイト代で買ったデジタル一眼持ってきて良かった!
――香月さんの一人暮らしの家に来るのも久しぶりだ。相変わらず片付いている1LDK。

「聡一郎君、何飲む?」
「何でもいいっす。……あっ、そうだ香月さんこれ!」

カバンの中からコンビニの袋を取り出すと、香月さんは困惑したような表情で首を傾げた。

「えっと、なに?」
「ほら、今日ってバレンタインじゃないですか。家出てから気付いてコンビニ寄って買ってきたんですけど」

とりあえず目に付いたチョコ菓子を買ってきたから、袋の中には板チョコやポッキーやらが入っている。
どうぞ、と献上すると香月さんはますます困惑顔になった。

「あっ……すいません、もしかしてチョコ嫌いだったりします?」
「そういうんじゃないけどね、俺、きみに会えることで頭がいっぱいで何も用意してなかったから」

なんだそんなことか。っつーか俺も直前まで忘れてたのに慌てて用意したから、逆にやっつけみたいで失礼だったんじゃないかと気付いた。
急に恥ずかしくなってコンビニ袋を引っ込める。しかし香月さんが笑いながら俺の手首を掴んだ。

「ありがと。聡一郎君からもらえる物なら何でも嬉しいよ」
「いやなんかすいませんまじで……」
「そんなことないから。……とりあえず、俺も生聡一郎君を存分に味わってもいい?」

ぎゅっとコンビニ袋ごと抱きしめられて、香水と煙草の匂いに包まれる。
香月さんの顔は見えないけど密着した体温がめちゃくちゃ気持ちよくて、やっぱり写真なんかより何倍も何十倍も本物がいいと思った。
……持ってきたカメラは、今日は役に立たなそうだ。


end.

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