生徒会といっしょ!3


『風紀委員長・北條奈津生』(志賀・二年の四月)







ドアを開けた瞬間、ゴトン!という重いものが倒れた音がして、俺は呆然とした。
……ああ、早いうちに見抜いておけばよかった。峰岸君が、救いようのないドジっ子だということを。

「あああああああ……」
「おー……」
「うわぁ……」

峰岸君、俺、田中先輩はそれぞれ意味のない言葉を発しながらその惨状を見つめた。
監査室に設置されている机の上は、焦げ茶色の海。この現状を一言で表すなら『うっかりコーヒーこぼしちゃったテヘペロ!』である。
しかしこぼしちゃっただけならまだいい。悪いことに机の上は監査中の書類が広げられており、そこに全面ザバーッとやっちゃったのだ。


――二年に進級した四月。この度めでたく俺にも監査の後輩が出来た。
峰岸尚樹くん。挨拶は元気が良かったし、先輩を立ててくれそうなイイ感じの後輩だ。なにより実家で飼ってた柴犬のアンちゃんに似てる。メスだが。
先輩風を吹かせてみたい俺は、まだ監査委員に入りたてで右も左も分からない峰岸君に業務内容をイチから説明していた。
とはいえ初日だし仕事を任せることはしなくていいだろうと思い、まずはお茶汲みをお願いした。

田中先輩はだいたいコーヒーのブラックを好んで飲む。
俺はそのときの気分によるけど、今日は田中先輩に合わせてコーヒーにした。

「こっちの薄い緑のカップが田中先輩。んでこの黒いのが俺の。峰岸君も自分の好きなの持ってきて。あと飲みものや食いモンも好きなヤツ持ち込んでいーから」
「はい!」
「で、コーヒーはこのドリップのやつ。やり方わかる?」
「はい、大丈夫です!」

意気込んで頬を染めながらきびきびと返事をする峰岸君は好印象大。俺も先輩っぽく余裕の態度でうんうん頷いて彼にあとを任せた。

「じゃあ俺、ちょっと便所行ってくるからよろしく」
「了解ですっ!」

そして便所から帰ってきたら、冒頭のようになっていたというわけだ。
よく見たらミニテーブルの上にもコーヒーの粉が散らばってたり、砂糖のビンが横倒しになってたりと散々なことになっている。
田中先輩がその片付けの最中、目を離した隙に起こった悲劇のようだった。
マジで、どうして俺はあのタイミングで便所になんか行っちゃったんだろう……。

「っすっすすすすいません先輩!!」
「いやもーやっちゃったもんはしょーがねーけどさ……これなんの監査でしたっけ、先輩……」
「風紀……」

顔を青褪めさせながら田中先輩が小さく呟く。俺も絶望的な思いで天井を仰いだ。

「やべぇ、マジで終わった……」
「一枚だけ執行部のもあるね」
「死んだわ」
「え、えっと……すいません、おれ……」

俺と田中先輩のリアクションを見て峰岸君がおろおろとうろたえ始めた。
思いっきりどつきたいところだがここで新人君を責めてもしょうがない。田中先輩も諦めたように溜め息を吐いた。

「まあ、書類を広げっぱなしにしといた僕たちの責任でもあるしね」
「連帯責任ってことで……行きますか。――おいミネ」
「ははははい!」
「風紀と執行部に土下座しに行くぞ」


そうしてやってきました風紀室。
ちょっとした不注意で書類をダメにしてしまいましたごめんなさい、と三人揃って謝ると、風紀委員長は押し黙った。無言の圧力が恐ろしい。
アロマの香り芳しい乙女チックなこの空間も、今日は拷問部屋かと思うほど空気が重い。
委員長の隣に立った風紀副委員長の滝が肩を震わせている。笑い事じゃねーぞ、滝。
やがて、北條先輩は銀縁眼鏡を押し上げながら軽く嘆息した。

「……よろしい」
「はい?」
「こうしていても時間の無駄だ。書き直しをしてやろう」
「……お手間を取らせて申し訳ありません」

田中先輩が深々と謝罪する。それでも北條先輩の表情は険しい。声もいつもより三割増し冷たくて低い気がする。

「ただし、書き終わるまでそこで正座をしてること」
「あの……執行部の方にも同様の謝罪をしに行かないとならないので、そのあとでもいいですか?」

執行部、という単語を聞いて北條先輩がぴくりと反応する。

「駄目だ」
「いえ、でも期限が……」
「君達の誠意はそれほどのものだったのか」

失望した、と北條先輩が首を横に振る。悪いのは完全にこっちだからぐうの音も出ない。
押し問答をしている二人を見かねて挙手をすると、それに気付いた北條先輩が顎をクイと持ち上げた。

「なんだ」
「あのー……俺が残りますから、二人に一旦退室許可もらえますか」
「志賀君……」

田中先輩が目を瞠りながら俺を見た。しょんぼりと項垂れていたミネ君も俺をバッと振り返る。
委員の代表者と事件の発端である張本人が行けばいいだろう。そう思って提案すると、北條先輩がじっと俺を見た。その鋭い視線に挫けそうになるが言葉を続ける。

「書類一枚頼むだけなんでそんなに時間かからないですし」
「ほう。なかなか美しい仲間愛だ」
「愛とかじゃなくて効率の問題ですよ」

効率、と北條先輩が好みそうな単語を出してみれば、うまいこと引っかかったようだった。頑なだった北條先輩の態度に隙が生じる。
彼は考えるそぶりを見せたあとに鷹揚に頷いた。

「まぁいいだろう。では志賀はここで待機し、田中と……峰岸は行っていい」
「ありがとうございます」

礼を述べた田中先輩は、俺の方をちらりとみて「ごめんね」と口パクで伝えてきた。それに軽く応える。早く帰ってきてくださいよ二人とも、という気持ちを込めて。
二人が退室して行くと北條先輩は誰にともなく短く言った。

「新しい報告書とペンを」

その言葉だけでさっと風紀委員のひとりが用紙の束と万年筆を机の上に置いた。つーか万年筆なんて使ってるんだ……。
北條先輩はコーヒーで茶色くなってしまった書類にざっと目を通してそれをゴミ箱に全部捨ててしまうと、万年筆の蓋を取った。

「……おい志賀、何をボーっとしている」

先輩の固い声で我に返り、俺は慌てて机の前で正座した。フロントパネルのないアンティークなデスクだから、目の前に北條先輩の足が来る。めちゃくちゃ姿勢いいなこの人。
そっと上を見上げると北條先輩の秀麗な美貌が目に入った。下から見てもすげー美形。

カリカリという硬質なペンの音が部屋に響く。その合間に続々と風紀委員が入室しては正座してる俺を見てヒソヒソし、北條先輩へと見回りの報告等々する。
さすがに見かねたらしい滝がそれらを全部受けてくれていたが、新入生が問題を起こしたとのことで連れて行かれてしまった。

……って帰ってこねーし!!

田中先輩もミネ君も何してんの?あいつら書類一枚にどんだけ時間かけてんの?
足が痺れない正座の仕方ってどうやるんだっけ。あ、もう痺れてるからやっても意味ねーのか。もう足の感覚ないし。ねえ、俺の足ちゃんとある?もげてない?

だんだん思考が変なところへ行った頃、ふと北條先輩が筆記の手を止めた。
気がつけば風紀室の中は俺と北條先輩以外誰もおらず、あたりはしんとしていた。
やっと終わったか?と顔を上げると北條先輩がじっと俺を見下ろしていた。日が落ちかけた薄暗い部屋で、視線が絡み合う。

「……出来た」

パン、と書類の端を指で弾いて、北條先輩が椅子から立ち上がる。
ようやく解放されると思って俺も立ち上がろうとしたが案の定ムリだった。

「うおおぉぉぉぉ……」

低く唸りながら床に這いつくばっていると、腕を掴まれて強制的に立ち上がらされた。

「ぎゃあああダメですって委員長!!俺足しびれてるんです!!立てない!!」
「軟弱な……」

軟弱でも何でもいいから放してマジで!俺のデリケートな足は現在進行形でぐでんぐでんなんですよ!
生まれたての小鹿以下のレベルでガクガクしながら思わず北條先輩にしがみついた。俺より背は低いが、意外と引き締まったいい体。さすが文武両道。
そこで出張風紀していた滝が帰還し、事情を話すと盛大に笑われつつも鬼風紀委員長から助け出された。
その日は滝の肩を借りて寮まで帰ることになったのは言うまでもない。

ちなみに帰ってこなかった田中先輩とミネ君だが、執行部の方でも同様の事柄があって捕まっていたらしい。曰く「風紀の言うことなんぞ放っておけ」だそうで。
執行部と風紀の仲の悪さに巻き込まれて散々な目に遭ったミネ君も、入学早々身に沁みたらしく、彼らを心底恐れるようになってしまったのだった。


end.

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