薄情な憧れ



パチパチパチパチ!

「真島君が作文コンテスト小学生の部で見事佳作を受賞しました!おめでとう!」

担任の先生が誇らしげに言うと、クラス中で拍手が起こった。
昔から勉強が出来て、要領もよくて、先生のお気に入りで――そういう無難な人生を歩んできたおれ。

中学では生徒会長を務め、高校は難関進学校に無事合格。
この先は有名大学に入り、安定した職を得て好きになった女の子と結婚する。子供の頃から描いていたありきたりで輝かしい未来予想図。

いい子いい子。ぼくはいい子。

なのに何故だろう。どこで道を間違えたんだろう。
高校では成績が低迷し、テストのたびに下位をうろうろしている底辺組。中学と違って全国から集まった生徒は頭の出来も、勉強の質も全然レベルが違った。
勉強に追いつけなくて焦る毎日。楽をして好成績をキープしてるように見えるクラスメイトを呪う日々。
そして、どうして――どうしておれは男なんか好きになっちゃったんだろう。

学校帰り、塾に行く前におれはファストフード店に行く。それは腹ごしらえの他に、違う目的もあった。
二階席の窓際、人目を避けるように隅っこに行き、飲み物とハンバーガーの乗ったトレイをテーブルに置く。
ああ、今日はまだ来てないみたいだ。

今日の授業の復習をするためにノートを開いた。焦ってるように字がぐちゃぐちゃだ。
のたくった文字が並ぶ薄汚れたノートを見てると段々酔ってきて、結局閉じた。
その時、ぎゃははという笑い声が階下から聞こえた。

はっと顔を上げる。
やがて荒い足音とうるさい笑い声と共に黒い学ランの集団が二階席に姿を現した。短ランに金、赤、茶、オレンジという色とりどりの頭髪。五人組の不良の集団だ。
おれはその中の一人を見て口元を緩めた。
おれと同じ黒髪だけど、ゆるくパーマがかかったお洒落な髪形。耳にはたくさんのピアス。そしていつもごつい黒のブーツを履いている。
五人組の中でも飛び抜けて格好良くて、唇が真っ赤で肌色が白い。

彼は、名前も知らない、おれの好きな人だ。

彼を意識するに至ったきっかけは、二ヶ月前に遡る。
このファストフード店でいつものように腹ごしらえをしようとしたとき、レジカウンターがやけに混んでいた。
どうやら酔っ払いの親父がクルーの女の子に言いがかりをつけているようだった。
変なときに来ちゃったな、店を変えようかな……と思ったそのときだった。
おれのあとから来た学ランの彼が、カウンターに一直線に近づいて行ったのだ。

『あのさーオッサン、空気読めよ。すっげぇ迷惑してんだけど』

低く掠れた声で彼がそう言っただけで、酔っ払いは怯んだ。見た目からして不良で威圧的な彼を見て、悪態を吐きながら酔っ払いは逃げていった。
クルーの子はほっぺたを真っ赤にしながら彼にお礼を言っていた。ああこれ惚れたなってすぐに分かるくらいにクルーの子の目がうっとりしていた。
そして何故か、無関係なおれも彼のことが好きになってしまったのだった。
それ以来、この店で彼のことをこっそり見るのが楽しみになっていた。

あんな不良の集団に話しかける勇気はないし、この距離から眺めるのが一番いい。
仲間と楽しそうに笑ってる彼を見るとおれも楽しい気分になれたし、日々の嫌なことを忘れられる気がした。
もちろんあんまり見て絡まれるのは嫌だから、少しだけ見て、あとは話に聞き耳を立てるというストーカーまがいのことをしている。
現状を打破したいおれの、憧れの象徴として好意をすり替えてるかもしれないとは思ったけど、それでもやっぱり好きだと思った。
せめて名前だけでも知りたいなぁ。

しかし至福の時間もそう続かない。そろそろ塾に行かないとならないので席を立った。

階段近くのテーブルで馬鹿笑いをする彼らの側を通り過ぎる。
その時に彼を盗み見たら何故か彼と目が合った。ぞく、と背筋が震える。
手が急に覚束なくなって、トレイの上のドリンクカップが彼に向かって倒れた。氷が溶け、溜まっていた水が彼の学ランに少しかかる。

「あ……すいません!」
「別にいーよ、真島」

そう言った彼の真っ赤な唇が弧を描いた。
そして彼はおれの手首を掴んだのだった。











パチパチパチパチ!

「真島君が作文コンテスト小学生の部で見事佳作を受賞しました!おめでとう!」

担任がいかにも大げさに褒めるから、俺は仕方なく拍手した。
いい子いい子。あの子はいい子。

小学生のとき、同じクラスだった真島は優等生だった。先生に気に入られてて、いつも何かしら褒められていた。
勉強ばっかの頭でっかちでつまんねーヤツだなって思った。
それよりも足が速いとかサッカーが上手いヤツのほうが男子のヒエラルキーでは上位で、俺はそっちとよくツルんでいた。

真島は受験して私立中学に行ったからそれ以来会ってなかったけど、高校が近くらしくてファストフード店でよく顔を見るようになった。
でも真島が俺に話しかけてくることはなかった。
そりゃそうだ、小学校のいちクラスメイトで仲良くした記憶もないヤツなんて覚えてるはずがない。でも俺は真島のことをよく覚えてたからちょっとムカついた。
だから意地でも俺からは話しかけないと決めていたんだ。

「お、今日もいるじゃぁん。菊っちゃんのカレシ」

ファストフード店の二階席に上がると、ツレの一人がからかうように俺に言った。
窓際に座る中肉中背のぽつんとした姿。有名進学校のブレザーに身を包み、ピンと伸びた背筋がスゲー綺麗だ。
そう、俺は意地を拗らせて真島のことを過剰に意識していた。
俺が覚えてるのは声変わり前の高い声、一言も喋ってないから今はどんな声をしてるのかを知らない。

「彼氏ってなんだよ、キメェ。殴んぞ」
「あ?やるか?」
「おいやめろよ菊池、川村、早く食おーぜ。ポテト冷めるとまじーんだからよ」

俺たちはだいたい階段近くに座る。ここが真島を見るのにベストなポジションなんだよ。
真島は教科書を開いてそれに目を落としている。高校でも真面目なんだなと思うと何故か笑みが零れた。
中途半端に楽な方に流れていってこうして悪いヤツらに染まってる俺とは違って、『いい子』を貫いてるんだよな。
そういうの、ぶっ壊してやりたくなるけど、今は遠くからガラスケースの中のマネキンを見ているような関係で十分だ。
じっと真島を見てたら、川村が俺のポテトを勝手に食いながらけらけらと笑った。

「菊っちゃんはホモ!そろそろ認めれば〜?」
「は?ふざけたこと言ってんなよ。死ね」

真島から目を離して川村からポテトを取り上げる。
ホモってのは男が男を好きになるヤツだろ。俺は真島のことをそんな目で見たことはない。
川村はこういう風につまんねー冗談を言ってくるから、いっぺんシメた方がいいかもしれないな。

そんなどうでもいいバカ話をしてたら、視界の端で真島が動く気配がした。
俺らの方にだんだん近づいてくる。階段を下りないと店からも出られないんだから、必然的に俺らの近くを通ることになる。

「……カレシ来たよー。どーすんの?ヤっちゃう?」
「お前マジでふざけんなよ」

いつも真島は澄ました顔で俺らの側を通り抜ける。――しかし今日は違った。
近くを通る真島をふと見上げたら、ヤツと目が合ったんだ。
それはまるでパズルのピースがぴたりと嵌まるかのようなタイミングの良さだった。
そして真島の持っていたトレイの上のカップが倒れ、薄いコーラ混じりの水が俺の制服に滴った。

「あ……すいません!」

思ったより低く、それでいて柔らかい声。
自然と俺の口角が上がっていく。やっと、お前と繋がった。

「別にいーよ、真島」

俺は真島の細い手首を強く握りこんだ。


end.

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