茨の君


日の傾きかけた放課後、彼の教室でそれは行われる。人の気配の色濃く残るこの時間帯に行うのがいつもの僕たちだ。

僕は固く冷たい床に跪きながら顔を上げた。
冷めた目で僕を見下ろす彼と視線が絡み、歓喜で背筋がぞくぞくと粟立った。こういう顔をした彼は何よりも崇高で美しい。
彼は自分の椅子に座りながら僕を睥睨している。その視線は茨の蔓ように体に巻きつきちくりちくりと僕を突き刺してゆく。
もっと彼を見つめていたかったけれど、彼が僕の頭へ乱暴に片足を乗せてきたので中断した。

「しゃぶれ」

一言、低く命令されて僕はまた歓喜に打ち震える。彼の声は僕の体の芯を痺れさせるのだ。
硝子細工に触れるような慎重な手つきで彼の上履きを脱がそうとすると、彼につま先でこめかみをこづかれた。

「犬が手を使うかよ」

その通りだ。
僕はいつも頭が足りてない。僕を正しく導いてくれる彼は尊い。

僕は両手を床に突いて、口と歯を使って彼の上履きを脱がせた。上履きの中の蒸れた臭気を肺一杯に吸い込む。
外気に溶けこんでしまうなんてもったいない。彼のクラスは今日体育があったはずだから、それはいつもより濃い気がした。嬉しい。
続けて、もったいつけるように彼の靴下を唇と歯で挟んでじりじりと脱がす。
滑らかなかかとが見えたとき、僕は我慢できずにちろりと舌を這わせた。
すぐに蹴られた。彼の意に添わない悪戯をした僕への当然の制裁だ。
靴下を、裏返らないよう丁寧に脱がせ終わると、許しを請うようにできるだけみじめな目つきで彼を見上げた。

「……いいだろう」

お許しがいつもより早い。僕が従順にしていたご褒美だろうか。今日はいい日だ!

僕は「待て」から解放された犬のように彼の素足にむしゃぶりついた。
親指から順に指をくわえこんで舌でねぶる。
校庭の砂が少し入り込んだ指の股も舌先で丁寧になぞると、彼の足がぴくりと動いた。
下から見上げると、彼の頬はうっすらと朱色に染まっていた。彼は指の股が敏感なのだ。

「休んでんなよ」

また蹴られる。謝罪を込めた視線を送ったあと、再びペロペロと彼の足を綺麗にしてゆく。
塩気のある硬い皮膚は彼の味がする。それをもっと味わいたくて舌の広いところと、舌先でまんべんなく舐めた。
ちゅぷ、とわざと音を立てて親指から唇を離すと、彼の甘い溜息が聞こえた。

それだけで僕の愛撫に感じているのが伝わってきてまた歓喜に震える。彼は僕を悦ばせるのがなんて上手いのだろう。
足の薬指と小指を同時に口に含みながら目線だけを上に向ける。
すると、彼の足の付け根が目に入った。皺の寄ったスラックスのその中心に僕の目が釘付けになる。
そこは少しだけ盛り上がっていた。彼のあれが、スラックスと下着を中から押し上げているのだ。

僕はごくりと喉を鳴らした。
骨の形の浮き出た足を舐めるのは好きだ。けれど、彼のあれをしゃぶるのはそれよりも好きだ。
僕は請うように彼へと視線を送った。きっと今僕は、物欲しそうな卑しい顔をしているはずだ。その証拠に彼の表情が汚いものでも見たかのように渋くなる。

「……だめだ」

お願いです、そんなことを言わないでください。
僕はあなたの勃ち上がった欲望を味わいたい。あなたを気持ちよくさせたいんだ。
あの独特の潮臭い味覚と滑らかな舌触りが僕の脳裏に甦り、欲望を直に刺激する。それだけで僕は勃起し、下着をじわりと濡らした。
けれど彼は強固に拒んだ。……まだまだ、奉仕が足りないようだ。
でも、少しだけ――。
僕は伸び上がって彼の股間に顔を近づけた。

彼の素足が正面から僕の頭を勢い良く蹴った。
僕はすっかり油断していて、ごろりと床に転がり壁に後頭部を打ち付けた。
痛みに悶絶する間もなく蹴られた鼻がつんとして、すぐに口の中に鉄臭さが充満した。手の甲で鼻を擦ると血が付着した。
――また鼻血か。最近癖になってるようだ。彼によく蹴られるからかも知れない。それは大歓迎なのだけど。

「あ……」

彼が小さく声を上げる。彼はさっきまでの冷たい表情から少しだけ変化していた。
彼の手が僕に伸ばされたが、それを無視する形で僕は自分の股間に目をやった。
蹴られたその瞬間に、達したようだ。下着の中で精液がぬるぬると滑る。

僕は口元に笑みを浮かべた。彼の手を煩わせることもなく、僕は彼を想うだけでこの有様だ。
彼のきれいな手が僕の浅ましいものに触れることはない。彼の手を穢すなんて、そんなこと恐ろしくてできない。
出来るのは、僕が彼に奉仕すること。彼が気持ち良いことなら僕は何でもする。それが、彼への僕の当然の役割だと思うから。

僕は彼のしもべ。あなたの忠実なる奴隷。
なんという身に余る光栄。幸運にも彼に選ばれたのだから、僕が彼に尽くすのは当然のこと。
僕のすべてを十全に征服する人なのだから。

「……なんで……俺たちは、こんな――」

彼の言葉と、彼の頬に見えた透明な雫は僕の知覚の範囲外だった。
なんだろう、それはどういう意味?僕にはわからない。
僕はひどく愚かで、あなたのような崇高な存在にはどうしても近づけないのです。その意味がわからない。

ねえ、僕の支配者。
僕の愛しい、茨の君――。









望んだのは俺の方だった。だけど、俺たちはどこからか狂ってしまった。
何がいけなかったんだろう。何が、お前を――俺をこうしてしまったんだろう?
考えてもわからない。わずかの推測すら、この状況は許さない。

俺たちはごく普通だった。いや、少しばかり異常だった。
俺たちの抱えてる立場と、同性同士だということ。あいつは類稀な容姿の人気者で、俺はどうってことない普通の男子生徒。
でもそんなのは関係なかった。俺は、あいつを好きになった。だから望んだ。社会だの世間の目だの、俺の十数年の人生経験じゃそんなもの深刻に受け取ることなんてできなかった。
ただ、青少年らしくひたすらにあいつを求めた。
けれどそれが間違っていたのかもしれない。根本的に、俺たちは違っていたんだと俺の思考はいつもそう結論付けられてしまう。
あいつは俺を妄信的に崇め、俺はそれを真に見抜けなかった。あいつの目に映る俺はどんな姿だろう、なんて。

俺たちは普通で、少しイレギュラーを抱えてたけど、それでも普通に付き合いだして、その頃は目で会話をするだけでも気恥ずかしくて、そういう、普通の恋人のような、そう普通の――。

あいつと初めて事に及んだあとだったように思う。少しずつ狂いだしたのは。

執拗に俺の性器を貪るあいつに何の疑問も持たなかった。そういう行為自体がさしておかしなことではないのは世間的に証明されているし、何よりとても気持ちよかった。
それが、だんだんと、指をしゃぶりだし、足をしゃぶりだして――あいつのしつこさにいい加減辟易してつい、手が出てしまった。
すぐに謝ったけど、あいつは笑った。……笑った。そう、笑ったんだ。うっとりと。
あいつは俺に体罰を望んだ。俺は拒めなくてあいつの言いなりになって。そのたびに恋人を傷つける罪悪感に焼け付く胸を掻きむしった。
それなのにいつしか、あいつを虐げることに何も感じなくなった。

どうしてこんなふうになってしまったんだろう。
鼻から血を滴らせながら絶頂に達したあいつを見て、何も感じない自分に腹が立った。腹が立って泣けてきた。

あいつにとって俺は至高の存在。そんなのは俺は望まない。
俺がほしいのはただの、恋人、だった。

どうして涙すらお前には届かないのだろう。俺たちはもうどこにも戻れない。

なあ、俺の愛しい、檻の犬――。



end.

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