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パギュロ狩りを地味に続けた俺たちは、一度依頼の更新をした。
そうしてラーシュが予見した通りというかなんというか、五日目ともなれば俺らもだいぶ慣れて獲れる貝の量が増えた。
ずっと同じ場所だと獲物も少なくなるってことでその日ごとに探索場所を移動し、だんだん街から遠ざかっていった。
今では一人ずつ散ってそれぞれに合った方法で捕まえるようにしている。魔物の特性だとかを考えて色々試した結果、そうしたほうがいいということに落ち着いたのだ。

クレイグは主に大物狙い。というかこいつは小物をちまちま狩るのに向いていないだけだが。性格的に。
初日はシャベルで叩いていたものの、次の日からは素手の拳で殴るようにしたら捕獲効率が上がった。もともとの馬鹿力と瞬発力が発揮された結果だ。
力加減を失敗して貝殻にヒビを入れないようにすることが難しいとかぼやいてた。

エレノアはアクセサリー需要の高そうなやたらキラキラした貝を見つけるのが上手かった。
パギュロを追いかけるスピードは問題ないし、個体に合わせた捕獲方法を見抜く観察眼といい、いち早くコツを掴んだのは彼女だ。

ナズハは相変わらず捕まえる量は少ない。が、魔力をふんだんに含んだ貝を獲れるという利点がある。
実はギルドで高値がつくのはそういうものだ。
この五日のうち、単体で一番高価な貝を獲ったのはナズハだった。
とはいえあんまり貝捕獲に向いてないってことで、パーティで使うための薬草採取に精を出している。

ラーシュは相変わらず量も質もダントツ。経験と技術を考えれば当たり前のことだけどな。
ただひとつ気にかかるのは、ラーシュが報酬の分配を公平にしたがることだった。
働きに応じて多めに渡したいし、なにより彼に借金もあることだし早いとこ清算したいのに、なぜか「あとでいいよ」といって譲らない。
パーティの貯蓄にまだ余裕があるわけじゃないからその言葉に甘えてはいるものの、俺個人としてはいまいち釈然としない。

それは置いといても、今のところ一番の問題は俺だった。
俺の取り柄とも言える動体視力の良さで貝を見つけること自体は容易い。にもかかわらず、それを捕まえられるだけの技量が追いつかずに苦戦していた。
体力も筋力も瞬発力も、妖精族や獣人には到底かなわない。かといって魔術師みたいに高い魔力があるわけでもない。
五日通して獲った数は横ばいで、なかなか増えなかった。

「はあ……」

狙っていた貝が他の冒険者に目の前で掻っ攫われたのを見て、思わず疲労の溜め息が出た。
握り込んだ金槌に目を落とす。
釘打ちと釘抜きが両方できる一般的なネイルハンマーだが、年季が入っていてところどころ錆びている。こいつを振り下ろす隙もなかったのが悔しい。

幼なじみ同士のパーティでいる分にはこういう優劣はたいして気にならないが、今は、新メンバーがいるせいかどうにも気が逸る。
積み重ねたものが違いすぎるラーシュ相手に何を張り合ってるんだと自分でも思う。
これはたぶん、新入りに対して格好つけたいとか、実力を見せつけたいっていう心理なんだろう。そうわかっていても焦る気持ちは止められない。

貝を探して中腰になって草をかき分ける。
ラーシュが探してくれると分かってるから最初の地点からかなり離れた場所まで来た。
すぐそこに森が迫っているせいか、このあたりは草がさらに鬱蒼と茂っている。人の気配もなかった。
ここまで来れば競争相手もいないし、数が期待できそうだ。質は諦めるとしてせめて量は増やしたい。パーティの大事な稼ぎだから。

思惑通り、低木の陰に大きめの巻貝を見つけた。
色も形も悪くない。この五日見てきた中で判断するなら、おそらく上物の部類だろう。
金槌を手にそっと貝に近づく。
もぞもぞ動いてるところを見ると食事中らしい。チャンスだ。油断してる隙に一気に叩いてやる。

そろりそろりと近づく。獲物に気づかれないように。
あと少し。もう少しで手が届く。
そうして、極力足音を立てないように注意してたのに、うっかり小枝を踏んでしまった。
ぱきっとかすかな音がした瞬間、巻貝が素早く逃げ出した。俺の足の間をすり抜けてうしろへと行ってしまう。

「逃がすか!」

あわてて踵を返して貝を追った。
てか速っ!はっや!
貝に振り切られないよう俺もスピードを上げた。
なかなか根性のある貝らしく、蛇行しつつも逃走の足(歩脚?)を緩めない。
数を稼ぎたい俺もどうしても諦められなくて執拗に追いかけた。するとだんだん、やつの動きの癖みたいなものが見えてきた。
曲がるときは貝殻を曲がりたい方向とは反対側にひねる。まっすぐ走るときは殻を心待ちうしろに倒している。そうやって殻の動きを見ていれば、だいたいやつの進行方向が知れた。

草の茂みに紛れて見失わないよう目を凝らして貝を追っていたら、急に視界に人影が入ってきた。

「うわっ……とと!」

走りながらとっさに避ける。
よく見たらそいつは、さっき俺の獲物を横取りした冒険者の男だった。貝を追いかけてるうちに元の場所に戻ってきたらしい。
避けたその先にまた別の冒険者がいて、さすがに方向転換がうまくいかず盛大によろけた。

「っぶね!」

かろうじてぶつかりも転びもしなかったが、つんのめったうえに金槌を落としてしまった。
ぶつかりそうになったやつに「悪い!」と口早に謝りつつ金槌を急いで拾ってあたりを見回す。
人の多いところまで来ちまったからまた横取りされかねない。しかし、幸い狙った貝は誰にも捕まらずにまだ目視できる範囲にいた。
ところがその貝は動きを変えていた。逃げるのをやめてハサミを大きく振り上げ、前方に向けてる。その先に、あろうことかナズハがいた。

薬草を採っているのか、その場にしゃがみこんだナズハは背後に迫るパギュロにまだ気づいてない。のんきに鼻歌なんて歌ってる。
どうやらナズハが摘んでいるのは相当美味そうな薬草みたいで、採りたての強烈な匂いに誘われるようにパギュロはまっすぐ向かっていた。
殻はうしろに倒してる。進行方向は揺るがない。
さっきのわずかなタイムロスのせいで俺の手が届くよりも前に貝がナズハを襲うほうが早いだろう。間に合いそうにもない。だったら――!

「ナズハ!うしろだ!」

大声で警告しながら、俺は、手に持った金槌を貝に向かって投げた。が、飛んで行ったそれを見て呆然とした。
やけに軽いと思ったら肝心の釘打ち部分がなかった。柄だけが速度をつけて飛んでいく。
やべえ、まさか落としたときに壊れたのか!?いや、それでも当たれば足止めくらいにはなるはずだ。
遠距離の敵への目測は慣れてるし確実に当たる。たぶん。当たってくれ!

ナズハが驚いた顔でこっちを振り向いた。それと同時に、投げた柄が何故かバチバチと火花を散らした。
なんだあれは?と思っている間に貝に柄が命中する。
その瞬間、バチバチバチッ!と雷撃に似た閃光が奔った。

「きゃっ……!」

ナズハが小さく悲鳴を上げながら両手で頭を抱え込んでうずくまった。
衝撃は一瞬で、火花はすぐ消えた。
貝の動きが止まる。投げたポーズのまま俺の動きも止まった。ナズハも目を丸くして尻餅をついている。
――何なんだ今のは!?

「あ、アルド……?」

ナズハの弱々しい呼びかけでハッと我に返った。氷から溶けたような心持ちでナズハに慌てて駆け寄る。

「ナズハ、怪我はないか?貝がお前を狙ってたから、その」
「はっはい、平気です。あのでも、今のって……?」
「ああ――」

二人して顔をパギュロに向けた。地面に転がり、貝の蓋は閉じて仮死状態になっている。
殻に当たって跳ね返った柄も少し離れた場所に落ちていた。
柄の側で片膝をつき、試しにそれを木の枝でつついてみた。続けて指先で。
火花の熱や雷撃の痺れなんかは感じない。俺が持っていた時のままの、なんてことない柄だった。
ナズハも背後から俺のすることをこわごわ覗き込んでいる。その反応からして疑いは確信に変わった。
俺らが見たあれは、たしかに魔術だった。

「ハウバの持ち物だし、これもなんかの魔道具だったとか?」
「そ、それはないと思います。普通の道具だと……私には、えっと、見えたんですけど」

今も、と小声で付け加える。
巫術師の言うことならまあ間違いはないか。
誰でも魔力は持っているものだが、生まれ持った資質として多寡は個人差が大きい。魔力の流れなんかは俺が感じないようなことも魔術師ならすぐに分かるもんだ。だからナズハがそう言うなら、そうなんだろう。
外れたハンマーヘッドを草むらから探しだしてナズハに見せたが、やっぱり普通の金槌だと言われた。

竜人のハウバのことだ、普通の道具に見せかけて何か仕掛けがあるのかもしれない。あとで聞いてみよう。
するとそこでラーシュから集合の声がかかった。
気がつけば、あたりはすっかり日が陰っていた。
クレイグがやたらでっかくて棘だらけの強そうな貝を獲ったらしく、周りの冒険者の称賛を浴びていた。やつも気分良く三角耳を立てて見せびらかしてる。

結果として、この日の稼ぎはかなり充実したものだった。
クレイグの大物がまず大きく評価された。ボス級のパギュロだったようだ。
エレノアの獲物も相変わらず見た目が良く、ギルドにたまたま来ていたコレクターの目に留まったくらいだった。
ナズハは今日は薬草採取中心で貝はひとつも獲っていなかったが、仲間の成果を自分のことのように喜んだ。
ラーシュはギルドに来るなり顔見知りらしき冒険者に呼ばれて査定を俺らに任せていなくなったものの、やっぱり安定した質と量だった。

そして俺は――。
実を言うと、俺が最後に獲ったパギュロが意外な方面で高値がついた。

「こりゃ珍しい。星付きですな」
「星付き?」

ギルドの査定員が貝をひっくり返して俺らに見せた。
閉じた蓋に、黒っぽいシミのような斑点が円を描くように八つ並んでいた。
腐敗かカビか?と思いがちだがその逆で、蓋にこれが浮かびあがっている貝はめちゃくちゃ美味いんだそうだ。
殻の状態も良く、ずっしりと中身が詰まっている様子からして、料理人がこぞって飛びつく逸品だという見立てだった。

そんなわけで、本日の稼ぎは合計で6703クアロ。初日の80からしたら大進歩だ。
これでようやくクレイグの武器修理に金が出せる。
四人で浮き足立っているところにラーシュが戻ってきた。

「あっ、ラーシュ!聞いてくれよ、今日はかなりいったぜ!」
「ほんと?良かったね。みんなずいぶん慣れたもんね」

ラーシュも嬉しそうに頷いた。俺は今、気分がいいから撫でられても文句を言う気にならない。……いやなんで俺の頭を撫でた?
さっそく奮発して豪華な夕飯に、と相談しようとしたところでラーシュが肩を竦めた。

「あ〜残念。俺、今夜は用事あるからきみらと一緒にご飯食べられないんだ」
「なんだぁ?デートか?」

クレイグの遠慮のない突っ込みにラーシュが喉で笑う。彼は曖昧な態度で首を傾げた。

「ふふ、そんなとこ。あ、それと明日は俺、他の仕事が入っちゃったから貝拾いはきみらだけで行ってね。早く終わったら合流するつもりだけど」
「……仕事って、城の案内とか?」

俺がついぽつりと零すと、ラーシュは困ったような笑みを浮かべた。

「案内じゃないけど、お城関係かな。案内人辞めるってどこにも言ってなかったからさ」
「あら、あたしたちのことなら気にしなくていいわよ。まだそんなすぐに旅に出るわけじゃないんだし」

エレノアが気遣うように声をかけた。
そうだ。言う通り、そういう身辺整理も含めてラーシュを待つと決めてある。
でも、分かっていても妙に落ち着かないのは俺だけか?
ていうかデートって誰とだ?花樹族のあの人?
ラーシュの交友関係は不透明で、はっきり知ってるのはハウバくらいだ。
理由がわからないまま浮ついた気分が曇っていく。

解散前の分配では、ラーシュは今日も報酬を等分でと言い、借金分は一切受け取らなかった。
そのことも、俺のモヤモヤに拍車をかけたのだった。


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