急襲


手紙や小包を届けてくれる民間書簡屋はいたるところにある。暗黒通りの端にあったのでエリオットはそこで済ますことにした。

「お手紙ですか、小包ですか」
「小包だ。コーラントまで頼む」
「少々お待ちください」

店内の机で宛先を書き出し雑貨店で包装してもらった荷物に添えると、書簡屋の少年が宛先を確認し、荷物の重さを量る。
少年が料金を伝えてきたので銀貨一枚を少年に渡すと、おつりとして銅貨が返ってきた。財布が嵩を増して少し重くなる。

さてそろそろ腹も減ってきたなと思ったところで、エリオットは異変に気付いた。
店内がざわざわとしている。窓から外を覗いている客もおりどことなく不穏な雰囲気だ。外で何か起こっているのだろうか――。
エリオットも外の様子を伺おうと思ったその時だった。

轟音と共に店のドアが勢い良く吹き飛ばされた。
人々の悲鳴が上がる。
その衝撃にエリオットは杖も荷物も取り落として体をぎゅっと縮ませた。
粉々になった木のドアと壁がもうもうと熾火を上げる。
エリオットは煙が収まるのを待ち、何が起こったのか確認しようとした。

「キャアア!クリスー!」

隣から婦人の叫び声が聞こえ、慌ててぽっかり穴の開いた壁から外を見やった。
そこには、人間よりも三倍は嵩の高い巨大な黒い塊があった。どしりと横たわり道の中央を塞いでいる。その形はナメクジのようにもナマコのようにも見える。
しかし塊からは燃える触手がいくつも生えていた――魔物だ。

見たことのない魔物だった。形からして土ナマコの亜種だろうか。それにしては触手の先端に火がぼうぼうと燃え盛っている。土ナマコにはそのような特徴はない。

黒い塊は五歳位の小さな少年を触手で巻きつけて空に高々と上げていた。
少年はおそらく婦人の子供なのだろう。触手に捕われた衝撃のせいかぐったりとしていた。

「……くっ」

エリオットは落とした杖を握り直して外に飛び出した。
触手に火が灯っているということは火魔法が効かない可能性がある。苦手だが水魔法を行使するしかない。
意識を集中させて黒い塊に向かって水魔法を放つ。

「<トーレンス・アクアム>!!」

水の流れが鋭く黒い塊に向かっていく。ベヌで多少慣れていたおかげかうまく命中した。
ぐねぐねと動く触手に直撃し、黒い塊は手を引っ込めるように少年を解放した。

少年が空中に放り出され落ちてくる。
それを受け止められるほどエリオットは反射神経も運動神経も機敏でないのでやったあとで「しまった」と思ったが、素早く狩猟者の戦士らしき男が躍り出て落ちてきた少年をうまく受け止めてくれた。

見れば、周囲には狩猟者たちが集まってきていて、戦う力を持たない一般人は続々と誘導され避難し始めていた。
こういうのは魔物に慣れた狩猟者の出番だろう。
実戦経験の少ないエリオットは足手まといになりかねないので、一歩引いて見守ることにする。

しかし、その油断した隙に今度はエリオットが触手に捕われてしまった。

「しまっ……」

一瞬の油断が命取りだと、知っていたはずだった。しかし後悔しても遅い。
触手にぎりぎりと体を締め上げられ、エリオットは息を詰めた。痛い、苦しい……息が出来ない……。

魔物からは人毛が焦げる時に似たなんとも言えない悪臭が放たれていた。触手の先であかあかと燃える火の熱で抵抗する気力が削がれていく。
他にも触手に捕われている者が何人かいるらしく、狩猟者たちが果敢に黒い塊に挑んでいる。
しかし火の灯った触手が振り回されるたびに周囲の店や建物に火を点けるので苦戦しているようだ。

また黒い塊は火の点いていない部位はぬめった粘液に覆われており、刃が滑って斬るのに苦労している。
魔物は体中にぷつぷつと開いた小さい穴から呼吸するように熱気を吐く。その皮膚は少し透けており、蠢くたびに塊の中心部分が熾き火のように赤黒く明滅した。

「うっ……かは……っ」

締め付ける力が段々強くなっている。そして頃合とばかりに、ぐぱ、と魔物の上部分が口を開くように割れた。そこにはおびただしい数の鋭い牙が並んでいる。
口の中は赤黒い火がぼうぼうと燃えているように見えた。このまま骨を砕いて食べるつもりなのかと思うと絶望的な気分になる。

しかし絶望感は涼やかな声と共に一瞬で掻き消された。

「<ヴェニーテ・ディルヴィウム>!」

よく通る声とともに紫の奔流が、魔物ごとエリオットを包んだ。
この魔術は――。
エリオットは触手に締め上げられながらも魔力の元を見た。
そこには淡い紫の角馬を従えた誰かが立っていた。

あれは間違いなく、流水の精霊王の魔術だ。



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