知己


――九日はあっという間に過ぎた。
生徒達が夜を徹して飾りつけたのだという旗や煌びやかな装飾品が眩しい。校内は朝から大騒ぎだった。

競技中、講師達は交代で校内の見回りをする。衛兵では入室できない場所なども多いので、人の少なくなる校内で悪さを働く生徒達を取り締まらなければならない。
他にも競技中に負傷した生徒の介抱や暴走した魔術を収める役などにあたる。生徒と違って純粋に祭を楽しむことはできないのだ。

とはいえエリオットは在学中から何度も見てきた行事なので今更楽しみにするほどのこともない。
ただダンスパーティーの最後に打ち上がる花火は好きなので、毎年自宅のバルコニーから酒を飲みながら見ることにしていた。

エリオットの見回り時間は午前に一回、午後に一回。二日目は午後に一回となっている。
モーガンと当番がかち合うことはなさそうだったのでホッとした。

生徒達の競技は屋外の演習場で行うことになっている。
派手な音と火柱や水柱、地鳴りや閃光などがそこかしこで上がるので娯楽を求める若い学生にしてみればこんなに刺激的なことはない。

その競技内容は様々だ。魔術を使った競技は系統別魔法によってそれぞれ趣向が凝らされていて見ている方も楽しめる。
風魔法を使った物運び競技や、火魔法で氷を如何に早く溶かすかを競うもの、泥の上を土魔法で制御しながら走ってゴールを目指すもの――これは失敗すれば走者が泥だらけになるので場が沸く人気競技だ――遠くの的に水魔法を当ててその点数を競う競技、光魔法で杖に灯りを灯らせて最後まで光が残っていた者から順位が決まるというもの――。

生徒達は事前に得意魔法の競技に申し込み、順位によって獲得した点数の合計で三組のうちのどれかが優勝となる。
組分けは全生徒をくじ引きで行うのが意地が悪いとエリオットは思っている。同学年の友人だからといって同じ組になれるわけではないのだ。

中でも、二日目に行われる厳選された選手による勝ち上がり戦が目玉である。
使用する魔術は何でも有り、とにかく対戦相手を力ずくで負かせる事で雌雄が決する。
エリオットも学生時代に代表に選ばれ参加したことがある。団体戦では初等部から常連だった。
一度個人戦で出場し、その時は上級生にあと一歩というところで手が届かず惜しくも準優勝だった。
次の年からはティアンヌのことがあり祭を楽しむことができず、二度と参加することはなかった。



カルザール校長による開会の挨拶のあと、来賓の紹介があった。
校長が喋ると同時に宙に文字が浮き上がり、遠くの場所でも内容が伝わる仕組みだ。火の精霊を操り文字のように並べているのである。
各方面で活躍している卒業生や有名人が何人も紹介されるたびに生徒達がきゃあきゃあと歓声を上げる。

エリオットはそれらに興味はなかったが、ただ一人だけ目を留めた。よく見知った顔だ。名を紹介されないということは来賓方の誰かの付き添いなのだろう。
放っておいても向こうから接触があるか、またはなくてもこれといって話す事もないと思い、エリオットは目を逸らした。



競技が始まると、場内は更に沸いた。
エリオットは午前の見回りを終えると、次の見回りの時間までは生徒の安全態勢の監視なので座席からぼんやりと競技を観た。
この期間だけは校長による大規模な土魔法によって演習場はすり鉢状の階段造りになっており、そこに座席を置いて観戦することができる。

エリオットは教師用の観覧席で観ていた。見回りや、負傷した生徒の介抱に行っている教師が多いので座席はガラガラだ。
演習場をつまらなそうな無表情で見つめていると、不意に空いた隣の席に人が座った。
予想通りの人物に、エリオットから苦笑が漏れる。

「……久しぶりだな、ラルフ」
「おう」

明るい声で返答がある。隣を見ると、椅子の背に凭れかかりながらニッと片頬を上げて笑う男がいた。
亜麻色の髪の下半分の部分を刈り上げているところを見ると、見ないうちにまた髪型を変えたらしい。
ダークブラウンの釣りあがった瞳は悪戯っぽく細められている。筋が通った鼻梁や肉厚な唇が男臭い。
そして魔法使にしては珍しく武人のような鍛え上げられた体躯をしている。

その男はエリオットの数少ない学生時代からの友人だった。
名はラルフ・ワイズヴァイン。男爵家の次男で、フェノーザ卒業後、宮廷魔法使になった同期の出世頭である。
前回会った時は同じ一級魔導士だったが、小指に金の指輪が嵌っているということは昇格したのだろう。
ラルフは宮廷魔法使の正装である光沢のある灰色のかっちりとしたローブを纏っていた。これは遠目だと銀色に見え、彼らがずらりと並ぶと壮観だ。

「エリオットお前、開会式で俺から目逸らしただろ」
「あそこから見えたのか。相変わらず恐ろしい視力だな、ラルフ」
「お前のことなら良く見えるんだよ、俺の目は」

面白くもない冗談にエリオットはラルフをじとりと冷たく見据えた。
エリオットの肩を叩きながら変わらねえなあ、とラルフがからからと笑う。

「というか、今日はどうしてきみがいるんだ」
「どうしてもこうしても、上司の付き添いだっての。本当はオルギット旅団長が来るはずだったんだがな」

オルギットという名にエリオットはぎくりとした。クロードとはあの件以来会っていなかった。
顔には出てなかったはずだがラルフが含みのある笑みをニヤリと浮かべる。

「旅団長、フェノーザで何かあったんだって?あの御仁が自主謹慎なんか申し出るからびっくりしたぜ」
「じ、自主謹慎?」
「そうそう。ひと月くらい前だっけ?フェノーザでいざこざを起こしたせいで宮廷魔法使の名を汚したってんで自分から謹慎を申し出たんだよ」

まさかそんな事態になっていたとは知らず、エリオットは驚いたが顔には出さなかった。


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