チェンジで!


ある朝とつぜん、身近な人の性格が変わったらどう思う?

「おはよ守。今日もかわいいね」
「え?あ、うん……?」
「まだ寝惚けてるの?朝飯にしよう。俺が作ったんだ」
「……はぁ……」

促されるままにダイニングテーブルにつく。
テーブルの上にはトーストやカフェオレや目玉焼きや……あの、朝の用意は俺の仕事のはずでしたよね?
テーブルを挟んだ向こう側にニコニコ顔の喜之がいる。

「いただきます」
「い……ただきま、す?」

わけがわからずに箸を取る。目玉焼きは少し焦げていた。皿の近くには味付け塩コショウ。俺が目玉焼きは塩コショウ派だって知ってたのか。
喜之はケチャップと醤油の混合派。完全に塩分過多だからやめろって再三言ってもやめなかったのだが、小皿にはケチャップだけが乗っている。
目玉焼きを小さく切り分けて小皿のケチャップにディップして食べるという独特の食べ方は、いつもの喜之のそれだった。
呆然とその様子を見ていたら、喜之がはにかんだように笑った。

「なに?顔に何かついてる?」
「え、や、あの……醤油は?」
「やめた。体に悪いし。片方だけにするよ」

守がいつも言ってたでしょう、と付け加えられて、ああ、こいつ喜之なんだなってぼんやり思った。
いや、それにしたってこいつ誰?俺の顔を見ながらニコニコ愛想良く笑って「おいしい?」なんて蕩けそうな声で話しかけてくるこの男は、一体どこのどなた様だ。

「今日何時に帰ってくる?」
「あー……今日は会社の飲み会があって……」
「そっか、寂しいな。なるべく早く帰ってきてくれる?」
「……ちょっと、分からない」

俺がそう言うと、喜之が悲しげな顔をする。
妙な後ろめたさに突き動かされて咄嗟にごめんと一言謝った。

「早く……帰ってくるように、するよ」
「じゃあ待ってる」

内心パニックになりつつも無言で朝飯を完食して、玄関で靴を履いていたら喜之に声をかけられた。完全に油断していた俺は無防備に振り向いて、そして後悔した。
軽くキスされた。

「いってらっしゃい。大好きだよ守」
「……はい」

気恥ずかしいなんて感情も出てこない。ただ疑問だけがどんどんと湧いてくる。
なぜ、どうして、こいつ誰?いってらっしゃいのキスなんてするようなヤツじゃなかった。俺が知ってるこいつは、いつも無愛想で、こんなふんわりした笑い方をする男では断じて、ない。
喜之は名前こそ「喜ぶ」だけど表情筋死んでるんじゃねーのってくらい全然笑いもしないし、無感動なクール男だったのに。
だってこいつとは喧嘩にもならないんだから。俺が一人で怒って、喜之は黙ってそれを聞いて、それでちょっと冷静になった俺がごめんねって謝って終わり。

喜之は怒らない。感情の起伏がとてつもなく小さい。そういうとこも好きだけど、でも、寂しいのも事実。
けれど俺は喜之のことが全部本当に大好きで、冷たくされても甘い言葉なんかなくても、代わりに俺がたくさん好きだって言えばいいし毎日楽しかった。
デートは、人の多いところや遠くの場所は喜之が疲れるみたいだから二ヶ月に一度くらい。泊まりで温泉行ったのは楽しかったなぁ。……泊まりなんて一回だけだけど。

俺の方がベタ惚れして土下座して付き合い始めてもう七年。
俺は、給料はそこそこだけどまあまあ待遇のいい中小会社のサラリーマン。喜之はずっとフリーライターをしてたけど、最近大きな賞を取った若手の小説家。
傍から見たら俺たちは順調だと思う。でも俺は、一年くらい前から喜之を俺から解放した方がいいんじゃないかと心苦しく思っていた。
互いにいい年だし、喜之は新進気鋭の話題の作家でこれからもっとステージアップするすごい逸材だ。俺なんかに捕われていちゃいけない。
家に帰ったら喜之の顔を見られる生活、そっけなくても返事をしてくれる些細な幸せのある日常も好きで、手放したくなくてダラダラと同棲生活を続けていた。

大好きな喜之と離れたくない、でも俺の存在が喜之を縛り付けてるんじゃないか、そんなことを何度も考えて――。
「俺のこと好き?まだ一緒にいていいの?」って聞くのも、ウザく思われそうで臆病になってた。

そして昨日、ようやく決心がついたのだった。朝になったら別れ話をしようって。朝飯食べてる間に世間話っぽく「そろそろ俺たち距離置いてみよっか」って、軽く。
で、起きてみたらこれだ。
いつも小難しい単語で喋っていた喜之が、あんなアホっぽい――俺がいつも言うようなぐにゃっとした言葉で大好きだよとか、一晩のうちに入れ替わった別人かなにかとしか思えない。
だって付き合っていた七年間、一度も好きだなんて言われたことがない。かわいいって誰のこと?俺?

どうしよう、俺の大好きな喜之がどこかへ行ってしまった。
ああ、はやく別れなきゃ!


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