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若干腰が引けていたそのとき、ふと、丸々オッサンの目線が俺のほうを向いた。
オッサンがたぷたぷの二重あごをクイッと動かして女王様の注意を引く。

「ひとつ確認したい。その少年は貴国の者――つまり、貴女様がた同様、不可思議な能力をお持ちで?」
「いいえ、何の力も持っておりません」
「ならば『こちら側』なのではないですかな?」

こっちの世界に来てから何度も聞かされていた。女は魔法使い、男は狂戦士。例外はあれどもそういうものだと。
もちろん全部がそんなにくっきり明確に分かれてるわけじゃない。魔力を持たない女性が大半だし、魔法の才能がある男性も稀にいる。
俺はその判断基準から言ったら『普通の男』。けれど魔法使いでも兵士でも職人でも農夫でもないから、いわば『無能なお客様』だ。

「それは貴方がたの価値観でしょう。身寄りなく行き場のない彼を我が国に受け入れた、それが、我が国の民であるという証明に他なりません。ご存知の通り、わたくしの国はそのような民で成り立っておりますゆえ」
「ところがそのいち国民を引き取るために、お歴々が揃ってこの辺境の地にわざわざお越しとは……この少年は、貴女がたにとって余程の価値がおありと見受けられますが?」

頭からつま先まで丸々オッサンが舐めるように俺を見回す。その異様さに咄嗟に声が出た。

「ち、違っ……、俺……僕には何の価値もありません!」

うっかり日本語で喋ったら、それも誠二に通訳された。テーブルに向けて。
ついでにうしろで縛られている手もつねられた。「お前はこれ以上余計なこと喋るな」ってんだろ?わかってるよ!

「――と、少年は申しておるが如何ですかな、魔王殿?」
「我が国民は等しくわたくしの愛し子。価値の有無では図れますまい」
「ご立派なお心がけでおられる。では、心優しき貴女様のお気持ちを拝察し、いくつか条件をお出ししてよろしいか。少年の件はすでに知れ渡っておりましてな、こちらも立場上、内々に済ますことができかねますので」
「聞きましょう」

キングオッサンがごほんと大仰に咳払いをした。
オッサンのほうが下手に出ているようで上下は決まってしまった。捕虜がいるオッサン陣が上だ。俺のせいで。

「感謝します。さてひとつ、貴国で採れる輝く石を少々譲っていただきたい。なに、鉱山を寄越せと申しておるのではありません。ほんの少し融通していただければ良いのですよ」

要するに金銀宝石の類を貢げと言っているのだ。鉱山があるなんて、魔王国がそんなに豊かだとは初耳だ。
女王様は怯むことも渋ることもなく頷いた。まるであらかじめ承知していたかのように。

「良いでしょう」
「重畳。次に、この少年の身柄ですが――しばらくこちらで預からせていただく」
「それでは話が違いませぬか、閣下!」

前のめりになったサンドラが背後からテーブルをダン!と叩き、早口で唾を飛ばした。
しかし女王様が片手を差し出して下がるよう命じたから、サンドラは憤然とした表情のまますぐに体勢を直した。

「臣下のご無礼をお許しください。……しかし閣下、わたくしもお聞きしたい。それはどういった意味でしょうか」
「いえいえ、貴女様が心痛めるようなことは何もいたしません。貴国からの賓客として丁重なもてなしを約束しましょう。その証拠に、この――」

言いながらキングオッサンがちらりと誠二に視線を投げた。それを受けて誠二が小さく頷く。

「ローデクルスの屋敷に住まわせます。あなたもこの若者のことはご存知でしょう?」
「もちろん、ブラムマールの優れた武官のことはわたくしの耳にも届いております。公正で堂々たる若者だと」
「おっしゃるとおりです。護衛も兼ねますので、決して悪いようにはなりますまい」

耳通りのいい言葉だがはっきりとわかる。俺を体のいい人質にして、魔王国の資源をじわじわとせしめるつもりなんだ。俺が逃げられないように監視までつけて。
涼しい顔で自分に対する評価を通訳する誠二は、この世界での自分の立場ってものを俺に聞かせたかったらしい。
安心材料どころかかえって不安になっただけだぞ、お前。

ヴァレッタ様やサンドラまで、向こう側は揃って不愉快そうな表情をしている。
そのなかで女王様だけが、気品溢れる美しさを損なわないまま、昂ることも媚びることもなく毅然と言葉を放つ。

「貴方がたの条件を飲みましょう。ですが、万にひとつ約束を違えるようなことがあれば、そちらとの親交を絶つことも努々お忘れなく」

さすが女王様!かっこいい!
今はとりあえず大人しく従ってやるけど、謀るようなことがあれば全面戦争だぞテメェら!と相手に圧力をかけた。いやこの女王様に限ってそんなガラは悪くないけども。
オッサンたちも彼女が魔王だということを思い出して怖気づいたのか、サッと顔色が悪くなった。
一同が戦々恐々としてると、女王様は凛然とした態度から一転して、親しみのある優美な笑顔を俺に向けてきた。

「心配ありませんよ、アキーロ。必ず無事に帰れますからね」

魔王国の言葉で、俺のために聞き取りやすくゆっくりと柔らかく言った女王様に胸が熱くなる。
俺も帰りたいよ、今すぐに。
だけれど俺のほうも誠二が、誠二のことが気になる。どうしてこの世界にいるのか、いつからいるのか、ローデクルスってなんなのか。
誠二のほうは友達だと思ってなくても、俺のほうは親友だと信じてるから。

俺はまだ、帰れない。


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