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モテるのが必ずしもいいことだと思わない。それは由井との付き合いのうちに感じてたことでもある。
由井は、望んでない好意や理不尽な欲求を押し付けられることが多い。だから由井自身は他人に恋愛感情を持つことが難しいみたいだ。
理解は出来るけど、どうしても気持ちにブレーキがかかるんだと言ってた。
迷惑に思われるかもしれないだとか、自分の体質のせいで相手にも危害がいくんじゃないかって心配とか、色々と悩みどころが多いらしい。

誰がいつストーカーになるのかっていうのは最初のうちは見抜けない。由井だけじゃなくて客観視してるオレにも分からない。
一年の間、書道部ではそういう厄介な話は聞かなかったから完全にノーマークだった。
だいたい暗くてジメッとしたオタク部でそんなことがあるとも思えなかった。

ところが二年になったばかりの春、そんな由井が妙に浮かれていることに気付いた。
休み時間になるとニヤニヤしながらスマホを見ていることが多くなったから。

「由井、なんかおもしれーもんでも見てんの?」
「……別に。なんでもない」
「いやニヤついてて気味悪いし。アヤシイやつ見てんならもうちょっと隠せよ」
「バカ、違うよ。先輩からのメール読んでただけ」
「センパイ?」
「書道部の部長。楠先輩」

なんとなく嫌な予感がした。
今まで書道部員からしつこく付きまとわれたっていう話は聞いたことがなかった。だけど今までなかったってだけで、その予兆なんじゃないかって気がしてきた。
オレが部活そのものを嫌ってるのを知ってるから、由井は書道部の普段の活動に関して何も喋らない。
話されたところで興味もないし。何をしてる部活かぐらい簡単に想像もつくし。

だけどそんなことが翌月になっても続いたらさすがに勘ぐりたくなってきた。
由井は肝心なところで人を疑わないから、その隙を突くように知らないうちに粘着される。
今までの経験からそういう事態を危惧して、いっそのこと自分の目でたしかめてみようと思った。
部員が少ないみたいだから、入部するとでも言っとけば警戒もされないだろうし。





そして五月二週目の火曜日。
由井が担任に用事を言いつけられてる間にオレは部室棟に向かった。
もしかして別の空き教室で活動してるかもとは思ったけど、とりあえず部室がある以上、そこに行けば誰かに会えるはずだ。
部名の書かれたプレートを一個一個確認しながら棟内を歩いていく。
書道部の文字を見つけて早速ドアノブをひねったら、鍵はかかってなくて簡単に開いた。
「ちっす」と挨拶しながら中をのぞいてみると、男子生徒が一人だけいた。書道部にお似合いの、影の薄い暗そうなヤツが。

「な、なんですか?ここ書道部ですけど」
「あんたが部長?」
「あ、いや、違います。部長はまだ来てないんですけど」
「ふーん……じゃ、待つわ」

カバンを椅子に放り投げて机に寄りかかった。高さがちょうど良かったからそのまま座る。
部員のヤツはオレのうしろあたりをウロウロしながらこっちを窺ってる。話しかけてくるならくればいいのに、ウザ。
ヒラ部員に用はない、オレが会いたいのは『部長』ってヤツだ。由井が言ってた名前、何だっけ?……まあいいか。
微妙な沈黙が続き、そんなに待たずにドアが開いてヒラ部員はホッと息を吐いた。

「あっ、部長!」
「おーなになに誰?小磯くんの友達?」
「違いますよ!そうじゃなくて……」

オレに目を向けてきた『部長』というのは、お人好しっぽい雰囲気の、パッとしない感じの人だった。
上級生としての風格も何もなく、正直、「これが?」っていうのがオレの第一印象だ。
だけど誰がどんな風にストーカー化するのか分からないし油断はできない。
牽制の意味も込めて迫ってみれば、センパイは身に覚えがありまくりと言わんばかりのうろたえっぷりだった。

これはビンゴだな、と自分の直感を褒めたはずが、センパイがバスの中で白状したのは脱力するほどくだらなくてアホ丸出しの動機だった。
彼女がほしいけどできないし積極的に作れもしないから、代わりに由井を仮の恋人に見立てたって?アホか。
どんな思考してたらそんな発想になるんだよ。女が怖いから男で、って言い分からして理解できない。
童貞くさい年上が好みって豪語する女紹介してやろうと思ったのに、それすらダメってどんだけだよ。この超ヘタレ野郎。

とはいえオレの追及をかわすための嘘って可能性もあるわけで、真偽を見極めるためにも約束した『彼女作り』。
そして次の日の朝――登校した直後、由井に首根っこを掴まれて廊下の端まで引っ張られた。

「寒河江、昨日のは何なんだよ」
「昨日のって?」
「お前が急に部活なんておかしいだろ。それに無駄にへらへらベタベタして、ああいうのは――」

由井が一瞬口をつぐんだ。
ああいうやり方はストーカー対策で、オレと仲がいいところを相手に見せるとだいたい勝手に由井から離れていく。だからわざと肩組んだり仲いいアピールしたんだけど。
ただし今回面倒なのは、由井が楠センパイに懐きまくってることだ。

「お前こそどうなんだよ。なんかスゲー猫かぶっててマジキモかったけど?なにあの『一緒に帰らないんですか……?』って上目遣い」
「ぅるっさいな。どうでもいいだろ」

オレに指摘されたのが気まずいのか、由井の頬がうっすら赤くなってプイと横を向いた。
センパイの前では気性の荒い由井が珍しく借りてきた猫状態で、お前誰?ってその場で言おうと思ったくらい、しおらしく可愛い態度をしてた。あの人に気に入られたくて仕方がないって感じで。
由井は男からも好かれるけど同性は恋愛対象外だから、楠センパイをそういう目で見てるわけじゃないはず。向こうはどうか知らないけど。

「……お前が何を考えてるか知らないけど、楠先輩にちょっとでも失礼なことしたら許さないからな」
「べっつに?放課後ヒマんなったし、フツーにやってみたくなっただけ。あの部だったら緩くやれそーだし?」

オレだって本当は人を疑いたくない。それを由井にも気遣われたくない。
杞憂で終わればいいし、そうなったら幽霊部員になるか退部すればいいだけのことだ。
由井はしばらく疑いの眼でこっちを睨んだけど、それ以上何も言わずにオレを解放した。


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