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彼女作りの第一段階として、最初に美容院に連れて行ったのは間違いだったかもしれない。センパイじゃなくてオレの心境的に。
まず、当日の服装に悩んだ。
いつもなら相手が誰だろうと気にせず自分の好きな服を着るけど、隣を歩くのがあのセンパイだと思うとやたらと気になった。釣り合いとかそんな感じのものが。
雑誌を読む習慣もないファッションに無頓着なセンパイが流行りの服で来るとは思えない。
ヘタレな性格からして飾り気のないTシャツとか無地のパーカーにジーンズとか無難な服なんじゃないかと思う。

オレのクローゼットの中身は、系統で言ったらだいたいストリート系。これにシルバーやブラックのゴツめアクセを合わせるのが好きだ。
だけどいつもの格好で行ったら完全にオレのほうがキメすぎに見えそうな気がする。ただの道案内なのに。
自分のスタイルを貫くか崩すべきか悩みつつ服の山を漁ってたら、かろうじて白シャツがあったからそれを引っ張り出した。
本当は重ね着する用のシャツだけど、これならセンパイの隣でも馴染むはず。そんなわけで、センパイにも勧めた爽やか系を意識した格好で行くことに決めた。

当日バスに乗り込んでみればオレの予想通りで、センパイは無地のTシャツにパーカー姿だった。
肩まわりが妙にダボついてて、量販店か通販でMサイズを適当に選んで買いましたって感じがした。自分の体型を考えずに試着なしで服選びをするとこんな風になるっていうNGの見本みたいな着こなし。
そこから教えるのかと思うと頭が痛くなってきたけど、幸いセンパイは物分りがいいというか、聞く耳を持ってる人だから大丈夫だろと気を取り直した。

美容院までの道案内は、わりと楽しかった。
誤解してたときみたいに攻撃的にならないよう気をつけてたからか、センパイは先週と同じ調子で話をしてくれてホッとした。
センパイの切り返しが早いおかげで会話のテンポが軽快で楽しい。部活では三年一人だしぼっちのイメージがあったけど、間合いの取り方が上手いから友達が多いのかもしれない。
会話が途切れたのは改札を通り抜けたときくらいで、それくらいずっと話し続けてた。
自分が使ってる最短ルートなんて歩かないで遠回りの大通り沿いに行けばよかったと、店に到着してから思った。

「ねえねえ寒河江くん……」
「はい?」
「あのさ、この店、ものすごい一見さんお断りバリアが張られてるんだけど……」
「ありませんってそんなもん」

オレの知り合いである美容師の星野さんはほぼ身内みたいなもんで、あの人の店に任せとけば間違いないだろっていう丸投げ精神でいた。
だから予約のときスタイリング担当は誰でもいいって伝えたのに、急にキャンセルが入って時間が空いたからって店長直々の担当になったんだから、センパイはラッキーすぎる。

この星野さん、今は二児の父親で美容院の雇われ店長なんかしてるけど元・DJだ。兄ちゃんの高校時代からの悪友で、若い頃は色々とやらかしたらしい。
そんな爽やかな外面に騙されてるのかセンパイはずっと興奮気味に星野さんと話してた。
人の悪い星野さんもセンパイのことは素で気に入ったみたいで、二人はたった数分で昔からの知り合いみたいに打ち解けてる。

そうして知った、これがセンパイの本来の姿だってことを。
オレだって出会い頭にあんな態度取らなかったら、いま星野さんに見せてるような笑顔を向けてくれたはずだったんだ。顔が引きつってない笑顔を。そう思ったらめちゃめちゃヘコんだ。
センパイは見ててわかりやすすぎるくらい「星野さん大好き!」って顔してる。あの人にそんな風に思われることが羨ましい。自分に向けられないものだから余計にそう感じる。

雑誌を読みながらチラチラ二人の様子を見てたはずが、いつしかページをめくることすら忘れてた。
思い込みから無実の人を疑った罪悪感と中学時の苦い記憶が結びついて、その反動からか、どうしてもセンパイに好印象を抱いてほしくてたまらない。
そうするにはどうすればいいのか、二人を遠巻きに見ながらそんなことばっかり考えてた。
「最初が肝心」――眉毛作りを失敗したセンパイに言った自分の言葉が、仕返しのように今の自分にのしかかってくる。

考えれば考えるほどだんだん気分が落ち込んできて、星野さんに敗北感と対抗心みたいなものが湧き上がった。
そんなのを顔に出すのはガキくさいし自分の内で抑え込もうとしたら、結果的に、カットが終わったセンパイに対してそっけない態度になっていた。
これじゃ元通りじゃん、意味ねえよ。センパイも困ってんだろ。……そう思っても落ちた気分はなかなか簡単に戻らない。
だけど、センパイが星野さんのことを『彼女作りの通過点で目標』みたいなことを言ったのを聞いたら肩の力が抜けた。
星野さんをテレビの芸能人や雑誌でモデルでも見るのと同じ感覚なんだってわかったからかもしれない。

本当ならカットが終わったら早々に解散にするつもりだった。なのに、急に惜しくなった。
学校の外で、部活でもないプライベートな時間なのにもったいない。これってセンパイと仲良くなる絶好のチャンスじゃね?
とにかくもっとセンパイと話していたくて、とりあえずそのへんのファミレスに引きずり込んだ。
時々ぎこちなく目をそらされるけどそこでもセンパイは変わらず接してくれて、普通の先輩後輩みたいに話せたことが嬉しかった。

結局夕方くらいまでセンパイと話し込んでて、帰り道も当然途中まで一緒。正直、もうちょっと話してたいくらいだった。
つってもそんなわけにはいかないしタイミングを見計らってバスの中でメンズ化粧水を渡した。
ところがそのあと、センパイは脈絡なく妙なことを聞いてきた。

「……あの、さ。星野さんから聞いたんだけど」
「え?」
「寒河江くんって、部活、今までやろうと思ってなかったんだって?」

あの人、余計なこと言いやがって。オレの事情を全部知ってるくせに平気で傷をえぐるようなことをする。そういうイヤな人だって知ってるけど。
それともセンパイなら言ってもいいって判断したわけ?
星野さんが何を考えて話したのかわからないけど、みんなに言い回ってる『部活をやらない理由』を伝えた。だいたいのヤツはこれで納得する。
センパイもお人好しらしく「バイトや遊び優先でいいよ」なんて気遣うから、隠し事が悪いような気がしてきて取り繕うみたいにして本心を言った。
書道部、楽しいですよ。センパイがいるから――とは恥ずかしくて言えなかったけど、そういうニュアンスを含めて。

その流れでセンパイへの自分の気持ちを伝えたときはやっぱ緊張した。
かっこよかったです、鳥肌立ちましたとか、雰囲気に任せて出た言葉だったから下手な表現でおかしな言い方になってたと思う。
それでも嘘偽りない気持ちだったから、照れくさかったけどすっきりした。

「ありがとう」

そんな風に言われて、喉が詰まった。
褒めたりお礼を言ってくれたり、センパイの言葉はどれも優しい。自虐を除いて。
なのにそのひと言には今までにない熱が込められてるように聞こえて、なんていうか、切なくなった。
そこで気付いた、センパイの顔が赤いことに。耳まで真っ赤。
触れているのが悪いことに思えてきて腕を掴んでいた手をそっと離す。

今日一日あれだけ話し続けてたのに、そこからオレとセンパイの口は閉じたままになった。
さよならさえ言えなかった。別れを表す言葉をひとつも使いたくなかった。また部室に来てほしかったから。

バスを降りてしばらく、オレは停留所で立ちすくんだ。
センパイの腕を掴んでいたほうの手で握ったり開いたりを繰り返す。
細身でも肉も筋もしっかりあるセンパイの腕の感触がまだ掌に残ってる気がして、胸の奥が何故かざわついた。


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