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スピーカーなどの音響機材は外に置きっぱなしにはできないから、それらを片付けるため一度部室に戻った。
墨用のバケツや筆類が並んでいるあたりにひとまとめにして置けば、俺たち会場班の仕事は完了だ。
ふと時計を見ると文化祭開始時間はもう過ぎていた。そろそろ一般の人たちも来校してくる頃だろう。

ここまで準備が済んでしまえば部員たちは肩の力が抜けたようで、緩やかな空気が漂う。
一時解散を告げた途端、床に座り込んで喋ったり部室を出て行ったりとそれぞれ自由行動をしはじめた。

書道パフォーマンスは十一時から。三十分前に再集合して最終的な準備をする手はずになっているので、それまでは好きに過ごしていいのだ。
先生も他の用事があるそうで大きい体を揺らしながら退室して行った。
それに乗じて「また二人で宣伝でもしてくるよ」とさらりと言えば誰にも引き止められることはなかった。むしろ快く送り出されたくらいだ。
俺と寒河江くんは、本当に部活内ではセット感覚らしい。

昨日は一生懸命宣伝したけれど、実はそれほど人が集まるとは思ってない。なぜなら同じ時間に体育館や野外ステージでライブやダンスといった派手な出し物があるからだ。
日曜だし一般客も多くなる時間帯だから、文化祭の方針として、人気の出し物をそこに組み込むタイムスケジュールになるんだろう。
だけど俺としては、できるだけ多くの人に見てもらいたい、せめて去年より多ければいいなぁって希望は抱いている。そしてこれをきっかけに部員が増えれば言うことナシだ。

しかしパフォーマンスのことは一旦横に置いておく。だって、これから寒河江くんと校内デートだからな!
今日はTシャツ姿だからすごく身軽だ。汚れてもいい服で気を遣わなくていいし、隣に彼氏がいると思えば足取りも自然と軽くなる。
俺たちは、部室棟を出たらまっすぐに校舎へと向かった。

「で、どこから行こっか?」
「今日は気になったとこだけ行けばいいんじゃないすか?宣伝とか考えないで」
「うーん……クラスのはだいたい見ちゃったし、行ってないのって部活系だよね」
「そうですね」

というわけで、手近なところから茶道部の実演、サッカー部の女装メイド喫茶などを順に回った。将棋部はルールが分からないからパスした。
珍しいものでは天文部の手作りプラネタリウムっていうのがあった。これがなかなか大掛かりで、ダンボール製のドームの中に入ると星空を模したものが観られるというものだ。
そんなに人がいなかったから好奇心で入ったのだが、ドームに収まってしばらくしたあとに寒河江くんがこっそり手を握ってきた。
幸い他の生徒は天井に釘付けで気付かれなかったみたいだけど、不意打ちだったせいで肩がビクッと跳ねた。
触れた場所から伝わる温もりで、夏合宿のときに夜空の下で初めて手を繋いだときのことを思い出した。
もうあのときみたいに慌てふためく俺じゃない。照れくさい気持ちで優しく握り返した。

天文部から出て歩いている途中、科学部の看板が目に入ったのでお邪魔した。科学部は簡単な実験ができるという出し物だ。
定番のスライム作りからはじめるつもりだったのに、それよりもっと気になるものが床に置かれていた。
ブルーシートの上に大きなたらいがある。そこには不透明の白い液体がなみなみと張られていた。
近くにいた科学部男子に声をかけたら、この謎のたらいについて早口で説明してくれた。

「この白いのって何?」
「片栗粉を水で溶いたものです。中に部員が作ったスーパーボールがいくつか入ってるんですけど、見つけたら景品がありますよ」
「へー、宝探しみたいな感じ?面白そう!」

液は完全に真っ白だから目で探してもどこにあるのか分からない。
たらいの傍にしゃがみこんで、おそるおそる指で水をつついた。素が粉だからか粘りけがある。
そのままずぶずぶと手を中に入れて慎重に底を探る。すると、ボール状の硬いものが指先に触れた。

「あっ、あった!……って、あれ!?」

喜び勇んで手を引き抜こうとしたのに、何故か中でがっちりと固定された。セメントに埋まっちゃったみたいに手が動かない。
さっきまでたしかに液体だったはずなのに、なんなんだこのトラップは!

「ええ!?あれっ、うわ……っ!」
「センパイ、手、ゆっくり動かしてみてください」

隣で見ていた寒河江くんに言われてその通りにしてみると、手を入れたときと同じ粘りけのある水の状態に戻った。

「う、動いた……?」
「これアレですよね、加える力の動きが速いと固まってて、遅いと液体ってやつ」
「知ってるの?」
「前に動画か何かで見たことありますよ」

科学部員に聞いたところ、ダイラタンシーというものなのだそうだ。原理だのなんだのを説明してくれたが、それよりも俺は謎の液体に夢中になってしまった。
握ったりすくったりして遊んでいたら寒河江くんもダイラタンシーに手を入れて一緒に遊びはじめた。

「やばいねこれ!無限に遊んでられる気がする!」
「いや無限は言いすぎでしょ」

たしかに無限は言いすぎだったよ。ひとしきり遊んだら急激に飽きちゃったから。
見つけたスーパーボールは持ち帰っていいって言われたのでもらうことにした。

ちなみに宝探しの景品は手作りシャーベットだった。袋に閉じ込めたジュースを塩入り氷の中で数分間ひたすら揉み続けて作るというもの。……自力で。
景品って言ったくせにこれも実験ってどういうことだ!やるけどね!
粉液まみれの手を洗ったあとに開始し、途中で寒河江くんと交代しつつ出来あがったシャーベットは、ちょっと汁っぽかったけどちゃんとシャリシャリになってた。

「おーすごい!シャーベットになってる!」
「マジすか。ちょっと食べさせてくださいよ」
「いいよー。ほら」

プラスチックスプーンでひとくち分をすくって差し出すと、彼は俺の手首を掴んでそのまま口に運んだ。
「ホントですね」と笑う寒河江くん。いやいや、それって完全にカップルの食べ方だよ!
俺がベタな恋人像に憧れていたせいか、彼はそれをいちいち実践してくれる。わざとやってるのか好き好んで自然にやってるのか――たぶん両方かもしれない。彼は、やりたくないことは明らかに面倒くさがるからな。
恥ずかしいけど嬉しいので、そうやって一人分を寒河江くんと分けて食べた。

ところがその最中、スマホがポケットの中で鳴った。メッセージ通知だ。
俺が通知を確認すると、何故か寒河江くんも自身のスマホを取り出した。

「あれ?書道部からだ」
「……ですね」

昨日登録したばかりの書道部グループトークでメッセージが届いたのだ。だから寒河江くんにも同時に通知がいったんだな。
発信者は一年の青木くん。その内容は『大変です!!すぐ来てください!!』というもの。
俺と寒河江くんは、思わず顔を見合わせた。


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