3


由井くんに引っ張られながら部室に入ったあと、俺はまず入部届を探した。
書類ケースの引き出しからかさかさに黄ばんだ用紙を取り出す。

「えっと……これが入部希望用紙ね。あ、入部する前に一応活動見ておく?」

サガエくんにわら半紙を渡してビクビクしてると、彼は自分のカバンの中からシャーペンを出して迷うことなく名前を書いた。
――寒河江氷。
サガエってこういう字書くんだ……新緑眩しいこの季節に寒そうな名前。
下の名前はなんて読むんだろう。こおり、こおるくん?ひょうくん?

いや、そんなことよりコイツ、壊滅的に字が汚い。金釘流なんてかわいいもんじゃない。ペンの持ち方からしてやばい。握りこぶしにペンが刺さってるようにしか見えない。
シャーペンでこれってやべえな。本気で書道なんてできんの?
ああいや、そういう初心者もウェルカムなアットホームクラブを目指してるからねウチは。だから問題ないぞ寒河江くん。しかしこれは基本中の基本から始めるコース確定だな。
それに書道やりたいっていうよりは由井くんと一緒にいるほうが彼の目的っぽいし、早々に幽霊部員になるんだろうな。
新入部員大歓迎だけど、彼に関してはあんまり期待しない方がよさそうだ。

「はい、これでいいっスか」
「ありがとう。うーんと、あのね、うちの活動方針は基本的に『とにかく筆で書いてみよう』ってことなんだけど」
「…………」
「こら寒河江、入部するんならちゃんと聞け」

ダルそうに遠くを見つめる寒河江くんに由井くんの注意が飛ぶ。そうされて渋々と頷きながら俺のほうに向き直るあたり、なかなか素直じゃないか。よしよし。

「部室来たら最低一枚は書いてね。なんでも好きな文字でいいから。文化祭は毎年、展示と実演。あ、あと興味があれば書道コンクールとかに出品してもいいし。そういや由井くん、去年日々展でいいとこまでいってたよね」
「い、いえ……おれなんかまだまだです……」

真っ赤になって手を振りながら謙遜する由井くん。
おお、今日はよく喋るなあ。寒河江くんって友達がいるからかな。彼氏(仮)としてはヤキモチですぞ!

「そうだ由井くん。寒河江くんにウチのこと色々教えてあげれば?」
「えっ!?」

俺のファインプレーに親指をグッと突き立てる寒河江くん。由井くんはおろおろしてるけど、そんな姿もなかなか新鮮アンドかわいい。
すると背後から控えめに副部長の小磯くんの声が飛んできた。

「部長ぉ、半紙足りないんですけど」
「あっ!ごめん、昨日ダンボールにしまっちゃったんだ!その下のほう、それじゃなくて……あ、じゃあ二人は適当にやってて」

俺が小磯くんと話してる間、由井くんと寒河江くんは顔を寄せ合って話し始めていた。
俺よりよっぽど付き合ってるっぽい親密さに、付き合ってないのに振られた気がした。


部活終了後、部室に鍵をかけていると由井くんの視線を感じた。その隣には寒河江くん。

「えっと、お疲れさま!じゃあまた明日!」

できるだけ不自然な笑顔にならないようにしてそう言うと、由井くんが驚いたような顔をした。

「……あの、部長……一緒に帰ったり……」
「え、どーして?寒河江くんいるんだし、俺がいたら邪魔でしょ?」

自分で言って自分にダメージ。
お邪魔なのはわかってますよ!そもそも、つ、付き合ってたのは脳内であって、現実じゃないから……。
なのに何故か、由井くんのほうも衝撃を受けたと言わんばかりの表情になった。

「な、なんで、ですか……」
「え?あ、なんでって」
「ずっと一緒に帰ってたじゃないですか……」

由井くんの顔が悲しげに歪む。癒し系の彼にそんな顔をされると、俺がものすごく悪いことをした気になる。
えっと、そんな反応をされる覚えがありません。だって俺のこと迷惑だったんじゃないの?
一緒に帰ったり内容のないメールばっかり送ったりして、うざい先輩だって由井くんが言ってたじゃないか。……言ってたのは寒河江くんか。あれ、彼も別にそこまでは言ってないような。
しょげてる由井くんを前に困惑していると、寒河江くんが不機嫌そうに下唇を突き出した。

「あーもーめんどくせ。だったら三人で帰ればいいだろ?」
「ぅえっ?」

寒河江くんの提案に俺はまた混乱。
由井くんは「寒河江はいらない」とかヒドイことを言ったけど、彼のほうは気にした様子もなく笑顔で由井くんの肩に腕を回して引き寄せた。
いらないと言いつつ由井くんもそれを嫌がってはなくて、やっぱり二人は大の仲良しなんだなと思った。


prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -