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俺の彼氏は癒し系だ。

「由井くん!一緒に帰ろう!」
「……はい」

放課後、部活のあとに由井くんに向かって満面の笑顔で言うと、彼は無言で立ち上がりカバンを肩にかけた。部室に鍵をかけてから隣に並んで歩き出す。
由井くんはシャイだ。だからいつもほぼ俺が一人で喋ってる。それでも由井くんと一緒の帰り道は楽しい。
たとえ俺の言葉に上の空で、相槌を打つもののこっちを一瞬たりとて見ようとしなくとも。

「じゃあまた明日!」

駅に着いて手を振ると由井くんは軽く頭を下げて行ってしまった。俺も彼もバス通だけど、乗り場が違うからここで別れるのだ。
黒髪がさらりと揺れる後頭部を見送る。身長や体格は俺と同じくらい、だけど優しい印象で小動物を彷彿とさせる愛らしい雰囲気の由井くん。
そんな彼は俺と同じ部活――書道部の後輩だ。

はっきりいって俺はモテない。女子にまるで縁がない。年齢イコール彼女いない歴という典型的なスペックだ。
非モテと童貞を拗らせた結果『もう男でもいいから付き合いたい!むしろ男同士のが気が合うかも!?』という域に達してしまった。あるよなそういうの。ない?いや、ある!
でもな、いくら男でもどうせ付き合うなら野郎っぽくないほうがいいじゃないか。
そんな風に考えていたとき部活の後輩である由井くんがふと目に入った。いるじゃん汗臭くない男の子!
由井くんは可愛い顔をしているけれど愛想はそれほど良くない。でも雰囲気がとにかく癒しオーラ満載でさりげなく気が利くから、部員みんなから愛されている。俺も、いい子だなぁと常々思っていた。
ところがそこで問題発生。男同士で付き合う、それってつまりホモ。
由井くんに「ホモになろうぜ!」なんて言って引かれたら立ち直れない。こんないい子から蔑まれたら人として終わる気がする。

そんなわけで思いついたのが『エア彼氏』だ!
表面上は仲良しの先輩と後輩、しかし俺の脳内では由井くんを恋人として扱うという、なんとも天才的な方法である。
俺、ノーベル賞もの。「みんなも真似してくれていいぜ!」って大々的に触れ回りたい。恥ずかしいからやらないけど。
女子でやればいいだろってのは愚問だ。だから女子とは話すらできない非モテだって――もうそれ以上言わせないで!

高度な一人遊びだっていうのは分かってるが、これがなかなか楽しい。
俺、恋人いるし?って余裕マジやばい。心に潤いが出るし生活にも張り合いができていいことずくめ。
おはようとかおやすみとか、今何してる?なんて他愛ないメールを送ったりすると付き合ってる感があってドーパミンドバドバ。
今日も『俺もう寝るね。由井くんおやすみ。また明日』と由井くんにメールして寝る。
一時間後におやすみなさいって一言返事がきて熟睡中のところを起こされたけど、きちんと返してくれるあたりやっぱりいい子だ。
なんだこの先輩って思ってるかな?……まあいいか!鬱陶しいと思っててもちゃんと一緒に帰ってくれるしメールもくれるし!
脳内彼氏最高!





翌日の放課後いつものように部室に行くと少ない部員と、見慣れないヤツが一人いた。
ちなみに書道部は五人、全員男である。おまけに三年は俺しかいないという過疎っぷり。女子部員365日募集中。

「あっ、部長!」
「おーなになに誰?小磯くんの友達?」
「違いますよ!そうじゃなくて……」

架空の女子部員に筆の持ち方を手取り足取り教えるイケメンな俺という妄想をしていたら、机に座っている見慣れないヤツは俺を見て鼻で笑った。
むむ、初対面でなんだ失礼な。
机に座るのも行儀悪いし、そういう態度は良くないな。良くないけど、まあ、俺は心が広いから許そうじゃないか。
うっすら茶髪でなんかやたらとチャラそうなそいつはへらへら笑いながら机から下りて、俺にずいと顔を近付けた。

「あー部長さん?オレ、入部希望ですぅ」
「そ、そう。何年生?どっかに入部希望用紙あったよな」
「二年。その前に聞きたいことあるんでちょっといいスかぁ?」
「お、おう、よかろう」

おいよかろうってなんだ。時代劇か。
てっきりすぐに質問タイムに入ると思いきや、チャラ後輩は俺の腕を取って部室の外に出た。
他の部員に聞かせたくないようなプライベートな質問かと思って黙って従うと、チャラ後輩は階段を下りて踊り場で俺を解放した。
そして、いきなり怖い顔して片手で俺の頬を掴んできたチャラ後輩。顔が変形してタコみたいな口になる俺。

「……あのさぁ、あんた自分が何してるかわかってる?」
「へっ?にゃ、にゃんのことれひゅか……」

あまりの迫力に、俺のほうが先輩なのに敬語になってしまった。
わけがわからずポカンとしていたら、チャラ後輩はでっかい舌打ちをして俺の肩を突き飛ばした。

「最近、由井にしつこく付きまとってんのってお前だろ」
「なっななんのことですか!?」

突然、脳内彼氏の由井くんの名前が出てきたからものすごく動揺した。
これじゃ「はいそうです!」って言ってるようなものじゃないか!


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