タイムオーバー・1


真冬の冷たい空気で満たされた、昼下がりの土曜。
インターフォンを押すと五分もしないうちに玄関ドアが開いた。

「いらっしゃい!じゃなくておかえり?おかえりよね、おかえり!」
「はい!ただいま、おかーさん!」
「あぁいいわー……素直でイケメンの息子……」
「もうそういうのはいいから……。ハト、母さんも」

隣に並んだ幼馴染みと、出迎えた俺の母さんから視線を外してぐったりとうなだれた。
ハトのせいで親公認の恋人付き合いになっちゃった俺たちは、実家に帰るたびにこの『息子帰省ごっこ』を見せられる。どんな罰ゲームだ。
早々に近況報告トークをはじめたハトと母さんの横をすり抜けて家に上がる。
着替え類の詰まったカバンを置くために二階にある自分の部屋に行き、ドアを開けて四秒で閉め、玄関に引き返した。

「……母さん。俺の部屋がない」

『ない』ってのはちょっと語弊がある。俺の部屋らしき痕跡はあるんだけど、ベッドや机の上、床にも隙間なく物がどっさり積まれていて使用不能状態だった。
すると母さんが今思い出したと言わんばかりに両手を叩いた。

「あーごめんごめん!ほら先月、敏子おばちゃんとこの由布利ちゃんが入院したから郁ちゃんと麗ちゃんがしばらくうちに来ててね、とりあえず邪魔なもの全部あんたの部屋に放り込んどいたのよ。それから青森のおじさんのとこ今年七回忌だったじゃない?向こうで法事のあとすぐにお父さんと申し込んでおいたツアー旅行があったし片付ける暇なくて、あ、金沢良かったわよ――」
「だからって勝手に物置にすんなよな!」

延々続きそうな話に強制的に割り込む。けっこう切実な訴えにも右から左で、母さんはけらけらと笑い声を上げた。

「次の帰省までには片付けとくわよ」
「いや、俺どこで寝んの?」
「新太ちゃんとこでいいじゃない。昔はよくそうしてたんだし」

ねー?と母さんが賛同を促せば当然のようにハトが嬉々として応える。

「いーじゃん、そうしなよきょーちゃん!」
「お前な……。おじさんとおばさんがな」
「うちは全然大丈夫だよ!あっ、じゃあ俺んちに荷物置きに行こ!」
「あっ、待って待って新太ちゃん!これ持ってって、リンゴと長芋。青森の家から今日届いたのよ」
「いつもありがとうございます!」

手土産をちゃっかり手渡す母さんと、それを気軽に受け取るハト。
「今おでん作ってるから、あとで取りに来て」という母さんの言葉も遮って、俺はさっさとその場を離れた。

「きょーちゃんちのおでん大好き。ほんと、おかーさんもきょーちゃんも料理上手だよね」

スキップでもしそうなほど上機嫌なハトに対し、俺はもうすでにぐったりだ。
しかしこの苦行はまだ終わらない。
次はハトの家だ。角を曲がった先の綺麗な家屋、所要時間・徒歩三分。

「待ってたよ響くん!あっ、おかえり?おかえりかな!?」
「はぁ……どうもお久しぶりです」

こっちはおじさんに出迎えられた。ハトに良く似た平和な笑顔のお父さん。
軽いデジャヴを感じながらおじさんに向かって会釈をする。

「さあ上がって上がって。ママは今いないんだけど、もうすぐ帰ってくるから」
「お邪魔します」
「なぁなぁ響くん、何飲む?」
「すいません、夜から飲みなんでビール軽くで」

俺がそう言うとおじさんは目尻の皺を深くした。

「そこでビールって言ってくれる響くん、パパ好きだよ!ああ嬉しいなぁ。大人になった息子と酒を飲むのを楽しみにしてたのに、新太、全然飲めないんだもんなぁ」
「別に飲めなくないし……おいしいって思ったことがないだけだし……」
「それを飲めないって言うんだよ」

二人のやりとりでふと思い出した、二年生の冬休みにあった成人式のときのこと。
そのときはまだハトとちゃんとした恋人にはなっていなかった。
だけどほぼ同居状態で仲もおおむね良好だったから、親には『大学進学を機に元の親友に戻りました』って感じに前もって話を通してあった。

成人式は昼過ぎに式典が終了し、ハトの勧めで羽藤家で昼ご飯をご馳走になった。
……が、おじさんとおばさんがとんでもない酒飲みで、成人式記念にと調子に乗って飲んだくれてしまった。
俺は酔って寝過ごし、ハトに何度も起こされたらしいが目は覚めず、その日の夜に行われた同級生の集まりは行かなかった。
眠りこける俺を放っておけないからという理由でハトも欠席したとあとで聞かされた。
今回の帰省もまた酒盛りになるんだろうなぁとぼんやり考えてるうちに、ハトはうちからのお裾分けをおじさんに手渡しつつ靴を脱いだ。

「そうだ、とーさん。休み中はきょーちゃんのことうちに泊めるけど」
「いいよいいよ、どこでも好きに使って。あ、だったら夜までに布団出しておくよ」

「荷物置いたらすぐ来てね!」というおじさんのウキウキ声に短く応え、俺とハトは二階の一室に向かった。
ハトの部屋に入ると、二人して大きく長い溜め息が出た。
お互いの家のこの大歓迎っぷりが痒い。先々月、ハトが俺らの親に『交際宣言』をしてからますますひどくなった。
どうやら親たちは俺がゲイだってことは知らず、たまたま気心知れた者同士でカップルになったと思ってるらしい。

「……疲れる……」
「でもさ、反対されるよりはいいじゃん」

けろっとして気を取り直した様子のハトが俺の手からカバンを取り、部屋の隅に置いた。
無人の時間が長かった部屋の、どこか無機質なひんやりとした空気。
部屋の中は中学時代の記憶とほとんど変わってない。それが懐かしいような、胸が締め付けられるような気分にさせられた。

「きょーちゃん……」

なんとも言えない気持ちに浸っている中、そっと手を握られる。その手を同じ強さで握り返し、ハトの肩に額を押し付けた。

「ハト、わかってると思うけど」
「うん。こっちにいる間はエッチなし。でもチューはいいんだよね?」

家族が出入りする家でセックスなんて気まずいにもほどがあるし、さすがにそこまで図太くなれない。それ以前に俺たちなりのけじめだ。
だけどそのぶん「キスがたくさんできる!」とハトはご満悦だ。
さっそくハトの唇が近づいてきて、触れるのを待つためにまぶたを閉じた。


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