161


物置内は極限の蒸し風呂状態なのに、ぞっとして冷や汗が出た。
ソフモヒ男は置いてあった廃材を使ったみたいだが、いくら脆くなってたって、それが折れるほどの力で殴られたら無事なわけがない。

「鬼頭!」

どうにかしたくて衝動的に体が動いた。ところが望月先輩に再び足を踏まれて、椅子から立つことも許されなかった。今度は捻挫したほうの足だ。
「何してんの、惟心」という天佑の非難で足はすぐ退いたが、痛めた筋にモロに響いてビリビリと疼痛が走った。

「いッ……、っ……!」
「失礼いたしました、志賀様。しかしどうかそのままで。あのような蛮族どもに近づいては汚れてしまいますから」
「蛮族って。ねえそれ俺も入ってんスかー?望月サーン?」

ソフモヒ男は望月先輩の言葉に軽くツッコミを入れたあと、しゃがみこんで、伸びてる早坂の頭をスタンガンでゴツゴツと叩いた。

「おーい、早坂サーン、生きてますーぅ?……あーあ、完璧にノーミソ揺らされちゃってんじゃん。ダッセェ」

いつのまにか三春はアダルト玩具先輩の手に渡ってる。鬼頭と早坂に意識がいってたから、いつそうなったのかなんてまるで気づかなかった。
三春はハーフパンツを下ろされた格好のまま、目を真っ赤に腫らして嗚咽を漏らしている。

「早坂サンってけっこー強いんスよ。それを二発で眠らすとか怖ぇなー。んーとなんだっけ……あ、思い出した、システマっつーんでしたっけ?」

ねえ鬼頭サン?と笑いながら、ソフモヒ男はリーゼントのポンパ部分を掴んで持ち上げた。
すると鬼頭は呻きつつも、自分の前髪を鷲掴みしてる男の腕をがっちり握りこんだ。

「鬼頭!?お前っ……」
「黙っ、てろ、志賀。てめぇは、絶対……そこ動くんじゃ、ねえぞ。……邪魔、だ」

肩肘を支えに半身を起こした鬼頭に少しホッとしたが、間髪入れずに役立たず呼ばわりされた。実際その通りなんだけど。
一方でソフモヒ男が何故か嬉しそうに歓声を上げる。

「うわーすっげタフっすね!根性!度胸!気合!みてーな?でも今もうそーゆーのって流行んないっスよー?」
「鍛え方、が……違ぇ、だけだ、クソガキ」
「フーン?じゃあこういうのならどうッスかね」

ソフモヒ男は鬼頭にスタンガンを押し付けた。鬼頭がその場で悶絶する。

「やめろ!」
「んー……ありゃ?弱ぇーな。もしかして壊れたんか?」

俺の制止も意に介さず、カチカチとスイッチを何度か押しながらソフモヒ男がスタンガンを見た。たしかに、放電の威力が早坂のときより少ない気がした。
鬼頭が踏んだときか、それとも別の要因で壊れたのかはわからない。とはいえ感電の痛みは十分あるはずだ。その証拠に鬼頭みたいな大男が床でのたうっている。

ソフモヒ男の腕を掴んでいた鬼頭は、低く呻きながらその手を離した。それと同時にソフモヒ男の腕に巻かれていた包帯が解ける。
怪我かなにかを覆ってるのかと思われたそこには――タトゥーがあった。サソリと十字架とアルファベット……BO、I、A……?

「ま、ザマァないっすね。でもちょい悔しいっスよ。今日アンタと会ったあんとき、俺にやってほしかったなぁその技。そしたら面白ぇ喧嘩できたのに」
「黒須」
「ハイハイわーかってますって。おとなしく、おとなしくね」

望月先輩に短く叱咤されて、ソフモヒ男は両手を挙げた。
てっきり弱いザコかと思ってたから、鬼頭と互角にやりあえるみたいな台詞に驚いた。
考えてみたら、校内にあるシラタマの監視カメラを全部壊して回るって相当なことなんじゃねーか?
タトゥーのこともあってソフモヒ男に釘付けになってたら、そいつは立ち上がって小さくお辞儀をした。

「一年A組、黒須レオンっす。えっとー、零にー、遠いって書いてレオンっす。今日は助けてくれてあざっした、志賀サン。マジ嬉しかったんで」

顔を真っ赤にした黒須は俺に向けてペコペコと何度も頭を下げた。
俺はこのとき、自分のバカさ加減を心底悔やんだ。
鬼頭のカツアゲ現場なんて邪魔するんじゃなかった。そんなことしなければ、鬼頭が今あんな惨状になることもなかったのに。
俺が愕然としていると、天佑の優しい声が降ってきた。

「理仁。ようちゃんは大丈夫だから、自分を責めたりしないでね」
「そ、そんなこと言ったって、俺……!」
「黒須が頭おかしいだけだから。理仁が責任感じることないよ」
「……お前、あいつのこと知ってんの?」
「一応ね。あれでも学園長の甥だし」

学園長の甥、と聞いてふと引っかかるものがあった。甥、そしてA組――どっかで聞いたことがある。
三春のことじゃない、ほかにも……つい数日前に似たような話を聞かなかったか?
そうだ、田中先輩だ。田中先輩が一年のとき、同じクラスに学園長の甥だという転校生が来て学園中を混乱させたって話。

「そんで、街のチンピラ集団の幹部のひとり。一昨年の学園祭で深鶴がスカウトしたみたい」
「一昨年ってそれ……まさか、ヤンキーグループが襲撃してきたっていう事件のときの?」
「せめてアウトローチームって言ってくれません?てーか志賀サンもしかして兄貴のこと知ってんスか?今の監査委員長と兄貴、そんとき同クラだったとか聞きましたけど」

無邪気に話しかけられて思いっきり首を横に振った。
まさかとは思ったが、例の転校生の弟だったのかよソフモヒ男。おまけにスカウトとか深鶴さんの行動も意味不明だし驚きポイントが多すぎる。

「まー兄貴のことはどうでもいーっス。文化祭のアレも人数合わせで行った感じだったし。こんなカマだらけのお坊ちゃん学校なんて正直くだらねーとか思ってたんで」
「黒須、余計なお喋りは控えなさい」
「けどまあ、きっかけは伊吹サンに頼まれたアレっすけど、実際志賀サン見たらすっげ可愛いし、一目惚れっつーんですか?いやー、運命ってあるんスねー、マジで!」
「黒須」

望月先輩に横目で睨まれてようやく、喋り一辺倒だった黒須は黙った。

「……ハーイハイハイすんませんね。兄貴が色々やらかしてくれたおかげで今まで目立たない無口キャラ通してたんで、つい反動で。えーっと、そんじゃコレどうしましょーか、望月サン?」

スタンガンとは逆の手に持った鍵をひらひらと振る黒須。それに対し望月先輩は興味なさげに顔を元に戻した。

「お前に任せる」
「マジっスか。早坂サン、ほしがってたくせに寝ちゃってんしどーすっかな。えーとたしかアレっすよね、この鍵失くしたら特別寮強制退去、で、役員資格剥奪――でしたっけ?」
「……は?」

聞き捨てならないワードの連続に、一瞬頭が真っ白になった。
強制退去、そして、役員資格剥奪!?

「はあ!?なんだよそれ!特別寮の鍵が貸し出し禁止なのって、そういう意味で――」

慌てて天佑を振り仰ぐ。相変わらず望月先輩の腕を固めてはいるが、俺の言葉に目を細めた。

「……貸し出し禁止なんて決まりはないよ。そしたら萱野ちゃんにも貸せないじゃん」
「そうだけど、けど、だったらお前、俺のせいで……っ!」
「だからぁ、理仁のせいなんかじゃないってば。あのね、特別寮の規則はひとつだけなんだよね。『鍵の適切な管理』、これだけ。曲解されて貸与不可って一般生徒には伝わってるかもだけど」

それは、誰に貸してもいいし、一時的に紛失したとしても最終的に手元に戻っていればいいらしい。
そういや特別寮は自治で成り立ってるんだった。学園代表ともいえる役員レベルになると細かい規則なんて必要ないわけだ。
ただひとつ、役員特権における絶対のルールが『鍵の管理』か。

「早坂はそれ知ってたってことかよ……」
「任期終わる前に俺が役員資格なくなったら、代わりに補佐がその席に就けるから。早坂は去年、会計に立候補したけど俺にボロ負けしたし、そのこといまだに根に持ってるらしーね」

それって天佑のせいじゃないよな?
生徒間の人気度や支持の熱量を見れば一目瞭然の結果だったし、完全に逆恨みじゃねえか。


prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -