贈られし花々
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「ねえ、マナの部屋もサメロの部屋にもたくさんの花が飾られているんだね」
「ええ、贈られ来ているみたいで、侍女たちが気を効かして置いてくれるのよ」
豪華絢爛、宝石や装飾品が金糸で織られた絨毯の上に座る家具の上に散りばめられ、寝台の近くに多くの花が花瓶に生けられていた。
彼にとって、少しだけ落ち着かないこの部屋で、部屋の主であるマナとお茶をしていた時、ふとそんな感想が漏れる。
「顔馴染みの客から愛されてるんだねぇ…というか、何でみんな花とか高価なもの贈るの?」
乾燥しているこの国では、美しく咲く花を手に入れるのは難しい。しかし、マナの顔馴染みの客はそうとうの富豪だ、花を買う事に高いや安いなんて考えはしないのかもしれないが。それにしても、贈り物としていつかは枯れてしまうような儚い物は不適当のような気がする。
マナは、机の上に置いてあった彼女自身の商売道具とも言える水晶玉を一撫でして、花々へ視線を向けた。
「確か、西の風習のようなものだったかしら。花々にはそれぞれの姿を表す言葉があるの、例えばサフランは青春の喜び、アーモンドは真心の愛…それを愛しい女性へと贈る、宮廷で恋文のようなものだったのよ。それがこっちにも伝わって流行ったのね」
「それが今でも続いているんだ…なるほど…」
「サシャパルマーラで花は高価なものだから、香辛料でそういったやりとりするようだけど…」
西と東の物流が激しい為、多くの文化が反映するのはわかる。
「じゃあ、この花一つ一つに愛の言葉が込められているんだね!」
「…全てが好意で贈られたものではないの。そうね…サメロの部屋に行って見ればわかるわ」
「えーやだよ!サメロの部屋って男と女の臭いが混じり合ってて、それを隠そうと香を炊くもんだから、臭くて!臭くて!」
訪ねられたもんじゃない!そう訴える。
依然、何も考えずに訪れ、鼻が捻れてしまいそうな強烈な香りに思わず飛び出し、逃げ帰ったのだ。二度とあんな目には会いたくない。
「全く、人の部屋が悪臭で満ちているなんて誤解の招くような事を言わないでくれないかい?あれは、君の異常な嗅覚のせいじゃないか」
背後から、あきれたような声に弾かれたように振り返る。
そこには、金に輝く髪を横に流し、胸元と肩がパックリと空いた露出の多い服を纏う男が立っていた。服装からして、いやらしい、低俗な者と言われても仕方がないのだが、世間は彼を「色香を纏う美男子」と呼ぶ。
「僕が悪いって言うわけ?」
「まあ、あれが大人の世界での欲望の香りって事だよ。おこちゃまの君には理解できないだろうけどね」
「うわ、あんなのが大人の世界っていうなら、僕は子供のままでいいや。何か変な臭いまでしたし」
「………」
最後にボソッと呟いた言葉を彼、サメロにはきちんと聞こえていたようで、貼り付けたような笑顔のまま彼の頭を鷲掴みする。
「ピスコ、君はもう少し言動に気をつけた方がいい。思ったことを全て言葉にする事を美点だとは言えないからね」
掴んだ指先に力が込められ、ギリギリと彼、ピスコの頭蓋骨に圧をかける。
「いたたたたたっ!」
「俺は礼儀のない奴と無知で美点の持たない奴が大嫌いなんだ。美しくない」
「あら、女性の部屋に無言で入って来た貴男が言えるのかしら?」
今の今まで空気化していたマナが、冷ややかな言葉を発すると、ピスコを苦しめる力が緩む。
「それは失礼したね、夜に来た方がよかったかい?その方が君は快く部屋に入れてくれただろうし」
「残念だけど、アンチューチャクを贈られるような男を招く事はないわ」
鋭い彼女の言葉は、この空間に静寂をつくり出した。
サメロとマナは互いに瞬きせずににらみ合う。微かに火花が散っている。
「え、アンチューチャク贈られたの?僕にもちょっとちょーだい!」
沈黙も破る為、無駄に明るい声でサメロを見上げる。
アンチューチャクは、ナシに似た形をしている果実の事でスモモに似た味がする。よくバザールで売られており、ピスコがおやつかわりに食べる。
「食べて腹を下しても俺は責任を取らないよ」
「やめた方がいいわ、ピスコ」
二人は、贈られたアンチューチャクを勧めない。
それに、マナの言い方も少し引っかかるものだった。
「もしかして、好意で贈られたものじゃない、とか?」
「ええ、そうよ。アンチューチャクは『あなたに呪いあれ』と言う意味があるの」
その言葉に背中の筋が冷えたような気がした。
そんな言葉を贈られるような事をしたのか、と信じられないと思いつつサメロの顔を見つめる。
美しく整った顔をしている彼だ、女性からたいへん好意を持たれるだろう。
「何やらかしたら、そんな風に想われるのさ」
「さあ、覚えてないね。たった、一夜の話だ。夢だと思った方が利口なぐらい、曖昧な記憶なんだよ」
「貴男、いつか背後から刺されるわよ。」
夜道には気をつけなさい。と占いが職業であるマナが言うのだから、これほど信憑性のあるものはない。しかし、当の本人の態度は至ってかわらない。
「心配してくれるのかい?」
挑発的な口調でマナの顔をのぞき込む。
彼の金の髪が彼女の漆黒と並び、夜空と月を連想される。二人は年が近いからか、よく話をしている所を見るが、仲がいいとは言い難い。
「…心配しなくてもよさそうね。貴男の仕事はその節操のなさがないとやっていけないもの」
それで罰が当たっても仕方ないわよね、とマナの言葉は鋭く、研ぎ澄まされた氷の矢のようだ。険悪な空気が流れ始める。
「ふっ、言ってくれるじゃないか。お前も同じような者だろ、貴族を夜に招待して媚びを売らなくては生きていけない」
悲しみが滲んだような笑みを浮かべたサメロは、同じぐらい冷たい言葉を吐き捨てる。
そしてマナから離れると何も言わずに部屋を出て行ってしまう。その背中が哀愁漂っているように見えた。
少し、気まずさが残る空間にピスコは居られず、同じく部屋を後にしようとする。
「マナ……ラヴァーンが言ってたんだけどサメロが嘘つく時、手を強く握りしめるんだって」
「………」
黙ったまま、水晶玉を眺めるマナにそう一言告げて扉を閉めた。
「ええ、知ってるわ」
彼の本心も、癖も。
互いを傷つけ合う事しかできない。なんて哀れなんだろう。
窓際に飾られる野花が優しく揺れて見せる。
いつか、彼に花を贈ろう。
傷つけあった日々を癒し、私の心を届けてくれるような
そんな花を。
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