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変わらない銀





           *


 己の言葉の真意を探る周りの視線に耐える方法も、官職の椅子にドッカリと座って戯れ言を吐く者への態度も身につけるのは簡単だった。それこそ、赤ん坊が言葉を覚えるかのように。呼吸をするかのように。

「王様、カムジェでございます」
「…入れ」

 机の上に広げていた書物を閉じた後、入室の許可を告げる。
 王の執務室へ入ってきたカムジェという男は頬は痩せこけ、瞳の下に隈を描いた男は官職に就く者の正装となっている群青色の帽子を頭にのせている。
 本人は枯れ枝のような体をしている割には、しっかりと色褪せない官服や帽子がやけに目につく。冴えない人形に豪華な服を着せただけで、はっきり言えば似合ってはいない。
 ゆっくりと体を二つに折り男は頭をたれ、尽かさずカムジェが口を開く前に何か用か、と聞けば顔を少しだけ上げた。
 天井にぶら下がるランプの光から生まれた影が顔にさしかかり、骨ばった顔を立体的に見せる。その中でも薄っぺらい唇がボソボソと動く。

「先ほどの刺客ですが、どのように処分致しましょう」

 男の口にした言葉、処分という単語が彼の中に残る。まだどのような罰を与えるかさえ、決めてはいないというのにこの男は、王宮へと忍び込んで来た他国の刺客の運命をこの時点で「死」以外を考えいない。結局、殺してしまうのならば彼に殺し方を仰がなければいいだろう。そんな揚げ足を取るような発言をする気すらしなかった。
 王の命を狙ったわけではなく、国の情報をかき集めに来た人物など過去に散々捕らえてきた。故に日常茶飯事になりつつあり、そんな事に時間を裂くことすら無駄なこと。

「目的は吐かせたんだろうな」
「もちろんでございます」

 その内容は後々、男が提出する報告書に書くはずだ。ここで内容を聞く必要はない。
 彼は細かな装飾と、文様が彫られている手かけに肘をつき、手の甲に顔をのせた。

「好きにしろ」
「承知しました」

 一礼した男は王の間を出て行く。
 廊下に響く靴の音が遠くなるのを聞きながら、脳裏にくだらない官僚達の会話を思い出した。

「リリーシャ」
「はい」

 音も気配もなく、小柄な娘が彼の目の前に現れ、膝をつく。
 高い位置で結ばれた髪は、射し込む光を余すことなく集め、その銀を輝かせた。しかし、それとは対照的に彼女、リリーシャの纏う空気というのは冷え切っている。研ぎ澄まされた剣を連想させた。

「くだらない計画はどうなった」
「順調に進んでおります。例の海賊の国からの王妃候補が最後になるようです」

 淡々と彼の問いに答えるリリーシャの声音に色も温度ない。それはいつもの事だとわかっているものの、毎回同じことを思う。その理由は彼自身もわからない。

「何か気に触ることでも?」
「この話自体が気に触る」

 わずかな沈黙を不思議に思ったリリーシャの質問を嫌味で返してみるが、それに対して顔色一つ彼女は変えずに沈黙を守っていた。
 彼の言う「くだらない話」とは、先王が異常なほど猫を愛しており、まともな側室を持っていなかった。その事から現王である彼はそうならないようにする対策の一つとし、国内や同盟国などから官僚が相応しい王妃候補を探す「ハーレム計画」の事である。

「実にくだらない。先王がいくら『猫狂い』と呼ばれていたとしても僕がそうなるとは限らない事ぐらいわかるだろう」
「……頭でわかっていても、心が安心出来ないのだと思います」
「心の安寧か」

 そんな言葉がリリーシャの口から聞けるとは思ってもいなかった。良くも悪くも、彼女は感情を表現するすべを持って生まれなかったと言われるほど中身のない女であるからだ。彼女が職についてどのくらい経ったのかは忘れてしまったが、そう感じていた。
 じっと、彼女の言葉に込めた真意を探ろうと視線を向けるが、リリーシャの態度が変わるわけではない。ただ、その鋭利な輝きを孕む銀だけがある。

「お前は良くも悪くも、変わらないな」
「…それは、王への忠誠心の事ですか?」
「忘れていた、顔を上げていいぞ」

 彼女を呼んでから、一度も顔を上げてもよい、という指示をしていなかった事に、リリーシャが遠慮がちに言葉を紡いだ時に気がつく。
 ゆっくり顔を上げると、予想していた通りの無表情と砂漠の夜に似た凍てつき感情を拒む澄んだ瞳が彼を捉える。やはり虚無を抱えている、何も持たないと言われつつ虚無だけはそこに鎮座している。
 王である彼でさえ、リリーシャの感情を性格に読めたことがなかった。

「先ほどの問いは忘れろ。蒼髪が到着次第、王宮で歓迎の宴でも開かせるように」
「そう手配いたします。」

 大陸の端からここまでやって来た海賊らは、宴で酒を振る舞えば文句は言わないだろう。
 彼が告げた通り、リリーシャは問いの事に一切触れずにその場を去って行った。

「王への忠誠心……そんなもの、最初から期待などしてない」

 渇いた彼の笑いがやけに響く。
 この玉座を支えるのは、彼自身が築き上げた権力とほんの少しの嘘だ。それを実感すると同時に、ここは意図も簡単に崩れてしまうような酷く不安定な場所だというのがわかる。
 国の栄華と同様に、王の全て儚いものだと賢者は謳っていた。しかし、彼は過去の王とは違う。

「儚き時の中、全てを手に入れてみせよう」

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