◎ 03
考える前に体が動いた。
レバーを引き、機体後部より魔力を噴出、航空機を発射させる。上空に投げ出された鈍色の機体は旋回し、息吐く間もなくその先端を地上真っ逆さまに向けた。
少女のゴーグルが下方で煌く。
セタは迷うことなく急降下した。
エンジン全開。落下する少女を通り過ぎ、機体を水平に戻す。コックピットを開け、彼女を迎え入れた。
少女が落ちて来た衝撃で機体が揺れる。しかし航空機は安定感を損なうことなく、そのままスイと滑空した。
「バカか!」
セタはコックピットを閉めると、まず第一声にそう叫ぶ。
狭い操縦席内の二人は自然と体を重ねる形となっていたが、膝に乗る少女との至近距離を気にかける心の余裕はセタにはなかった。技術を要する危険な飛行直後であることも相まって、アドレナリンが体中を巡っていた。
「あんなところから飛び降りて…何を考えているんだ!死ぬ気かよ!?」
『死ぬ気』。その言葉で、セタはハタと息を止める。
思い出したくないことを思い出した。炎上する一機の航空機が脳裏を掠める。考えれば考えるほど湧き上がるのは怒りだった。
「もし…」
ギリリと奥歯を噛む。
「もしオレがいなかったら…っ」
「いた」
落ち着いた声音が告げる。静かで清らかな小川を連想させるその声は、冷水のようにセタの脳に染み渡った。
そのとき初めてセタは少女を見た。
正面からセタをひたと見つめる瞳はあまりも真っ直ぐだ。まるで座席に射止められたかのように、動けなくなった。
さらに頭が冷えたことにより、いまさら彼女との距離に気付く。近い。非常に近い。彼女の体が触れる面積は大きく、確かな重みと温もりが、彼女との距離を改めてじわじわと伝えてくる。
視覚を以って言えば、やや乱れた細い黒髪が彼女の吐息で微かに揺れるのが見て取れるほどの距離だった。女の子に向かって失礼かもしれないが、ハンバーグサンドイッチのいい匂いがした。
「いた。君がいた。死ぬ気はなかった。絶対に」
絶対にと、少女はもう一度繰り返した。
強い意志を宿した瞳に圧倒され、セタは「わかった」と引き下がる。しかし…。
待て。
セタは考える。
セタがいたから少女は飛び降りた。かつ彼女に自殺願望はなかった。つまり、セタが彼女を助けるであろうことは見透かされていたというわけだ。
気付いた瞬間、なんとも複雑な気分になった。飛行士としての技量、性格を信頼されたことは、例え見ず知らずの他人が相手であっても素直に喜ばしいことだ。とはいえ、良いように使われたのは癪だ。
「あれ?っていうかアンタ、それならなんでわざわざあんなに危険な真似を…」
そのとき、尋常でない殺気が空気に滲んだのをセタは感じた。こればかりは理屈では説明できない。往年の勘というやつだろうか。
膝の上の少女の頭を抱え、操縦桿を倒した。と同時に、先ほどまで機体が乗っていた軌道を、機関銃が打ち抜いた。
prev|
next