いまはしずかに

「しねクソブス!!」
「早く私の目の前から消えないとぶち殺すわよカス!!!!」

男は背中を向けて去った。女はその場に立ち尽くしていた。

__________


「あのクソ男!!!」

ナマエはたまらず叫んだ。気分は最悪だ。こうなったのは、付き合っていた彼氏にいまさっき振られたからである。

ナマエの彼氏(今となっては元カレ)は浮気性で、ナマエに内緒で他の可愛い女とそういう関係になっていたりしたのだ。
一回目は許した。だってにんげんだもの、誰にでも間違いはあるから。だから二回目も許した。
でも三回目は許さなかった。

30オーバーで定職にもつかず、俗に言うヒモ男だった彼はすぐさま住み着いていたナマエの家を追い出された。大家さんにも協力してもらって、今はマンション出禁になっている。
そして何で私が振られる側なのか。逆だろ!私が盛大に振ってやるところだろ!

「クズめ!!」

ああ、明日が仕事なんて。とても休みたくなった。

______

「頼まれていた報告書完成しました」
「あぁ」

上司、カタクリに書類を手渡す。カタクリは黙ってこちらを見つめた。

「お前・・・、なんかあったか」
「いいえ何も」

上司に感づかれるくらい私の纏うオーラが刺々しかったか。それとも報告書の字がいつもより荒れていたか。でも昨日のことがあれば誰だってこうなるだろう。

「男に振られでもしたか」
「!」

図星だった。何なのこの人。いや、見聞色だ。こんなことのために使わないで欲しい。

「そうですけど?」

普段ならこんな態度絶対に取らないのに。今敵襲が来たら冷静な判断が出来なくて死にそうだ。

「ナマエさん、振られたんスよ」
「おい」
「すみませんでした」

部下を殺意の波動を込めて睨み付ける。部下は死にものぐるいで逃げ出した。ちょっと待て、何で知っているんだ。

「そうか」

あーっ、カタクリ様がいることを完全に失念していた。そうですよ、振られました。

「・・・少しは話を聞いてやる。話せば楽になんだろ」

前も、カタクリ様は元カレの悪口を聞いてくれた。なんでかは分からないけど。

「・・・じゃあお言葉に甘えて」

私は来客用ソファにどっかりと座った。ここにお酒があればもっと饒舌だっただろう。

「・・・あいつ、浮気は本能だから仕方がないとか言うんですよ!それにこの前もあいつの鞄から自分のじゃない下着が出てきたし!いつも私が稼いだ金でタダ飯食いやがって・・!家事も何もしない、ゴキブリ以下だわ!」

話せば堰を切ったように止まらない。それでもカタクリ様は黙って聞いていてくれた。

「ほんとに腹立つ!この世のゴミ!・・・・・・でも」

あいつを好きだった時代を思い出した。あの頃はいい人だと思ったのに。ああやっぱりなんだかんだで、

「好きだったのにぃ~~~~うわーん」

今日はもう感情がおかしい。職場で泣いたの初めてだ。ああ、化粧が落ちる。

「泣くんじゃねェ。せっかくの美人が台無しだ」

うわーん!お世辞でも嬉しい。美人だってよ。

「でも振られたときクソブスって言われました~~~!」
「そいつの目が腐ってるんだ」

今日はカタクリ様もおかしい。こんなこと言う人じゃないのに。

「・・・いい加減、もっとお前のことを見てるやつがいることに気付け。ナマエ」
「?」

なんのこっちゃわかっていない自分を見て、カタクリ様はハア、ため息をついた。

「そのうち、わからせてやる」

それからというもの。カタクリ様は私に更に優しくなった。そしたら私がカタクリ様に惹かれていくのも時間の問題で。



「はい、あーん」
「あーん」

今ではメリエンダを共にしている。まだ恋人ではないが。
カタクリ様は私の膝に頭をのせ、美味しそうにドーナツを頬張っている。可愛らしい。少し前まではこんなカタクリ様知らなかった。

「うまし?」
「うまし!」

めちゃくちゃ可愛いどうしよう。あ、そういえば。

「カタクリ様~、そういえば前の彼から復縁の手紙が届いたんですよ」
「・・・何だと?」

あのカタクリ様が。ドーナツ大好きカタクリ様が、そのドーナツを食べる手を止めたのだ。私はそっちに驚いて、カタクリの表情に気付かなかった。

「大方ヒモ男だから住むところが無くなったんでしょうね。前の彼女に縋るとか、プライド持ち合わせてないのかなあのパラサイト男」
「・・勿論、断ったんだろうな?」
「そのつもりですけど、どうやって断ったらいいか・・・。彼氏がいるって嘘つくのもなあ・・」
「嘘、だと?」

あ、なんか地雷。

「おれはてっきりお前と付き合っているものだと思っていたがな」
「え・・・?」

状況が上手く飲み込めず慌てるナマエ。

「でも・・!好きとかカタクリ様から聞いたことない!」
「言ってなかったか?好きだ。愛している」

ボッと顔が赤くなった。不意打ちのこれはやばいって。

「私だって・・・」

好きですよ。恥ずかしくて最後はゴニョゴニョ聞こえなかったかもしれない。
顔を上げるとすぐそこまでカタクリの顔が近づいてきていた。

目を閉じる前にナマエが見たのは、いつもなら見せないような赤い顔。嬉しくなったナマエはカタクリが触れる前に自分からキスをした。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -