秘めたる瑕こそ美しい

(シンデレラパロ。ノゼルは他国の王子設定なので今回はいません・・・)

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朝日が登る頃、私は起きる。ボロボロの雑巾のようなネグリジェを脱いで放り投げ、床においてあったぼやけた手鏡で顔を見た。はあ、と深い溜息を漏らす。酷い顔だ。
ああ、今日も一日が始まってしまうのだ。

ナマエは一着しかない服を着ると、頭の中で朝食のメニューを思い浮かべた。まだハムがあったかもしれない。
井戸で顔を洗ったあと、私は火を起こしに釜戸に向かった。
火に薪をくべて、ぼんやりと踊る火を見つめる。

今日はお城の舞踏会。私の生まれたミョウジ家が没落する前なら、行ける希望はあったのに。舞踏会で王子様と踊るのが夢だった。
王子様。一度もお見かけしたことはないが、噂によると、優秀かつ素晴らしい人格を持っているとか。もし舞踏会に参加していたなら、もしかして、もしかして。

無意識のうちにスープを作り始めていたナマエは、今日は妄想で舞踏会を楽しもうじゃないか!とむりやりポジティブ思考に切り替えた。

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「絶対に、王子をものにするのよ」
「「分かってるわ、お母様」」

朝食の席。この義母は血の繋がった二人の娘にそう命じた。この人は私の亡くなった父の再婚相手。父が亡くなってからというもの、掌を返した態度で接するようになった。

「ナマエ、私達がいない間の留守は頼んだわよ」
「はい」

二人の義理の姉がフフッと鼻で笑う。

「可哀想にね。舞踏会に行けないなんて」
「行ったところでただの恥晒しになるだけよ」

その目線は蔑むように私に向けられていた。
でももう慣れっこだ。これがいつもの光景。ナマエは諦めていた。

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義理の母達を見送り自室に戻ると、すぐさま硬いベッドに飛び込んだ。
舞踏会は諦めていたはずなのに、やっぱり諦めきれていなかったみたいだ。行きたくて仕方が無くなり、涙が伝った。

一度でも行くことができたなら。その思い出は宝物となってナマエの胸に永遠にしまっておかれるだろう。

お願い、一度でいいの。舞踏会へ連れて行って欲しい。もうワガママはこれきりにするから。




「泣いたら折角の美人が台無しだよ、お嬢さん」

私しかいなかったはずの部屋に、見知らぬ男が立っていた。


「不審者!!!!!」
「違うよ〜!僕は魔法使いのユリウス。君の父上の知り合いさ」
「お父様の知り合いの魔法使い・・?存じ上げません」

ナマエは目を擦った。寝ぼけていたのかもしれない。そうでなければこのユリウスという男はどうやって入ってきたのか。

「夢?」
「夢じゃない!現実だよ」

ユリウスは懐から杖を取り出した。そしてナマエに向けて1振り。

「えっ・・わっ!何!?」
「じっとしてて。すぐ終わる」

ユリウスの杖の先から出た光の粒子が、ナマエを包み込む。髪の毛はまとめられ、化粧を施され、そして、美しいドレスを作り出した。

「何・・これ・・」
「君の父上からのプレゼントだよ」
「お父様の・・?」
「君の父上が生前、ナマエを舞踏会に行かせてやりたいと言っていたのを思い出してね。僕は君の父上に恩があるから、その恩返しに今日は来たんだ。」

ユリウスは姿見を作り出した。そこには普段の自分からは想像できない、きらびやかな自分が立っていた。

「嘘・・これが私?」
「そうだよ。この姿を君の父上に見せたかったよ・・・。さあ、仕上げにこれを」
「!これ・・」

ユリウスから手渡されたのは、母の形見でもあるティアラ。義理の母に勝手に売られ、いつか取り戻したいと思っていたものだった。

「お父様、お母様・・・。」

ポロリ、と涙が溢れた。

「もう!泣くのはやめなさい。折角の化粧も崩れちゃうしね。それにこれから舞踏会に行くんだよ?楽しまなくてどうするの?」
「ユリウスさん・・ありがとう!」

ユリウスは笑ってナマエの頭を撫でた。

「どういたしまして。じゃあ、行くよ?心の準備はいい?」
「あの、、靴を」

ナマエは靴を持っていなかった。日常生活は全て裸足だった。

「おや、僕としたことが。」

そう言うとユリウスはまた杖を1振り。今度はこれまたきれいなガラスの靴を作り出した。

「綺麗・・・」
「だろう?僕の自信作さ!」

ユリウスが胸を張って言った。なかなかお茶目な人らしい。

「さあ、気を取り直して、行くよ!」
「待って、どうやって!?」

ユリウスは私の問いには答えず、私を担いで窓から裏の畑へ軽々飛び降りた。

「きゃっ!」

ぽふ、と着地すると、ユリウスは勝手に畑からかぼちゃとそれを食べていたネズミ二匹を、それからトカゲを1匹持ってきた。

「そーれ!」

ユリウスが杖を降ると、ネズミは馬に、トカゲは運転手に、かぼちゃは馬車になった。

「すごーい!!夢みたい」
「夢じゃないよ」

ユリウスが微笑んだ。ナマエは馬車に乗り込む。

「いいかいナマエ。魔法は12時までしか続かない。12時を過ぎると、全ての魔法は解けてしまうからね」
「わかったわ。ありがとう、ユリウスさん!楽しんでくる」
「いってらっしゃい」

馬車が動き出した。ナマエはユリウスの姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

______

眩しい。綺麗な人ばかり。私の知っている世界とは何もかもが違う。ナマエは舞踏会に圧倒的されていた。
ホールの中心には人だかりが出来ている。きっとあの中に王子様がいるのだろう。一目見ておきたかったが、エスコートもないナマエは目立っていた。

(次の曲が始まるまでバルコニーにいよう)

そう思ったナマエはバルコニーに移動した。

だがナマエは気が付かなかった、彼女に釘付けになっている一人の男に。



王宮の庭園が一望出来るバルコニーには誰もいなかった。慣れないガラスの靴で歩いて疲れたので、バルコニーから降りて庭園のベンチに腰掛けた。

「ふう・・」

ナマエは伸びをした。これで育ちの悪さがバレてしまうかもしれないが、別に良かった。ここには誰もいないし、見られたところでその人とは今日限りの付き合いなのだから。


「・・すまない、隣に座ってもいいか?」

燃えるような炎の色をした髪の精悍な男性が話しかけてきた。

「あ、どうぞ!」

嘘、誰もいないと思っていたのに。見られた恥ずかしさで顔が赤くなる。話しかけてきた男性もお酒のせいか顔が赤い。

「・・・こういう場所は不慣れなのか?」
「ええ・・はじめての舞踏会なんです」

そうしてぽつぽつと会話をしていくうち、そのオレンジ色の髪の男性とは徐々に打ち解けていった。

「そうか!チーズが好物なのか」
「はい!チーズさえあれば生きていけるんですよね私って」
「なるほど・・・用意させておこう」

どうでもいい、他愛もない会話だったが、ナマエは十分に楽しめた。

そろそろ踊りたいな、と思った頃、丁度良く曲が終わった。

「・・・一曲どうだ?」
「・・是非」

二人は立ち上がる。そして手を取り合い見つめ合った。
ああ、この人の目はアメジストみたいだ。と思った。

穏やかなメロディが流れた。

緩やかにターンする。彼はリードするのが上手かった。おかげで自分がうまいと錯覚してしまいそうだった。
いつの間にか二人を眺める人であたりはいっぱいだった。



「みんな貴方のこと見てる」
「いや、君のことを見ているんだ」


二人は踊りながら人だかりから遠ざかった。回って、回って、回って。

「フフフ・・!夢みたい・・」
「夢じゃないさ」

段々と近付く二人の顔と顔。自然と体の距離も近くなる。だが今まさに唇同士が触れようとしたとき、邪魔するかのように12時を知らせる鐘の音が聞こえた。

「あっ、いけない・・・!」

ナマエはぱっと体を離し、逃げるようにその場から立ち去る。

「どこへ行くんだ!?」
「ごめんなさい、もう時間なの!今日は楽しかったわありがとう!」

早口でお礼の言葉を述べるとナマエは停めてあったかぼちゃの馬車に乗り込んだ。階段を降りる途中にガラスの靴を片方落としたが気にする余裕は無かった。

「待ってくれ!せめて名前を・・!」

彼の声には答えず、ナマエは泣く泣く城を後にしたのだった。

_____

舞踏会が終わって暫くした頃。

ナマエにはいつもの辛い日常が待ち受けていた。でも大丈夫。私には舞踏会の思い出があるから。

「ナマエ!客よ!早く出なさい」
「!はい只今」

こんな田舎の屋敷に客人はなかなか来ない。

「見てお母様!王宮の使いよ!」

外を見ると王宮の馬車が停まっていた。

「まあ、きっと王子様のお迎えよ!ちょっとアンタそこどいて!部屋にでも籠もってなさいな!」

我先にと玄関に駆け寄る姉。私は言われた通り部屋に籠もった。

「王子はある女性をお探しです。その方は舞踏会の夜にこのガラスの靴を片方落として行かれました。この屋敷にいる女性は全員この靴を履いて下さい」
「それは私のことですわ!」
「何を言っているのお姉様!私よ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ姉たちの声は、二階の自室まではっきり聞こえた。
嘘でしょ?あの人、王子様だったの?

「ほら見て!この靴私にピッタリよ」
「踵がはみ出てるわ!」
「アンタだって靴より一回り足が小さいじゃないの!」

醜い姉妹の争いに、使いの人も呆れ果てているに違いない。

「本当にこの屋敷の女性は貴女方だけですか?」
「そうよ!」

まずい。このままでは靴すら履かせてもらえない。扉を開けようとしたが、びくともしない。

(物で塞がれた・・!)

ああ、どうしよう・・。


「!メレオレオナ様!?一体何を・・!」
「その扉の奥に誰かいる」

ガタン!!ガチャ

メレオレオナは塞いでいた物を退けた。
唐突に開いた扉の前には、王子様と同じ髪の色をした勇ましい女性が立っていた。

「・・・貴様が私の愚弟の惚れた女か」

「え?わっ!」

メレオレオナ様に担がれる。

「ちょっと!その女じゃないわ」
「そうよ!だって舞踏会に行ってないもの」
「それが本当かどうかは靴を履いたらわかることだ」

メレオレオナ様は私を下ろすと、靴を履くように促した。

「嘘でしょ・・・」

姉たちが呟く。ガラスの靴は、まるで私のために作られたかのようにピッタリだった。

「決まりだな」

メレオレオナ様が満足そうに口角を上げた。

「でも・・!行ってないもの」
「それに関しては、僕が証言するよ」
「ユリウスさん!」

どこから現れたのか、またユリウスさんが出てきた。

「さあ、ナマエ、あとは僕がやっておくから、君は早く王子のもとへ行くんだ」
「え、でも・・・」
「こちらです」

召使いに案内され、王宮の馬車の中でも一際大きい馬車に案内された。

「どうぞ中へ。ごゆっくり」

私は意を決して中に入った。





「・・・・・やっと見つけた」

やはり、あの夜と同じ男性だった。

「あなたは、王子様だったのですね」
「ああ。隠していてすまなかった。私はフエゴレオン・ヴァーミリオン。この国の第一王子だ」

フエゴレオンはナマエの手を取った。

「君の名前を知りたい」
「ナマエ・ミョウジ・・・」
「そうか、ナマエ・・・」

フエゴレオンは真剣な眼差しでナマエを見つめた。

「ひと目見たときから君のことが好きだ、ナマエ。私と結婚してくれ」
「あ・・・」

顔に、どんどん熱が集まってゆく。返事なんて言葉にするまでも無かった。フエゴレオンにもそれが伝わったのか、さっきまでの緊張した声とは打って変わって悪戯っ子の様な顔に変わっていく。

「それとも先に、お預けを食らっていたキスをするか?」

そうだった。あのときはキスの寸前だった。フエゴレオンの顔がどんどん近づいてゆく。



今度は誰にも邪魔されることなく、二人の距離はゼロになったのだった。


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