もう渡さないし

世間一般的には、今日という日はバレンタインで、女性が男性にチョコを送るという日で間違いないのだろうが、ここトットランドではママの誕生日というのがまず真っ先に思い浮かぶ。

だからナマエ自身も忘れていた。恋人に送るチョコの存在を。


(不機嫌だな・・・)

ナマエは目の前のカタクリの眉間の皺をみてその機嫌を測った。うん、良くない。

「ごめんカタクリ。これで勘弁して」

そっと差し出したのは人気店のドーナツ。だがカタクリは無言でそれを押し返した。カタクリがドーナツを受け取らないなんて。

「・・・お前は半年前の今日確かにこう言った。"バレンタインにはチョコドーナツを用意してあげるね"と」
「そうだったっけ・・・」

正直半年前なので記憶がない。言ったような気もするが・・・。それにしても、半年前の約束をまだ覚えているなんて、カタクリは今日のドーナツを楽しみにしていたんだろう。

「でももう時間がないし・・」

私がチョコチョコの実の能力者チョコ人間だったらなーアハハと乾いた笑いで冗談を言っても彼はニコリともしなかった。

「・・・、わかった。作るよ、ドーナツ」

そう言えば彼が少し満足そうに頷いたように見えたので、仕方なくドーナツ作りに取り掛かった。

***

「でも私、パティシエじゃないし・・美味しさ半減するよ?」

素材は各地から集められた最高級のものを使わせて頂いているが、作る腕がなければ素材の味も活かせない。

「そんなことは分かっている。確かにお前の作るものを美味いと感じたことはない」
「あー、そうですか、、」

「だが、お前が作ったドーナツを食べるということに意味があるんだ」

カタクリが照れる素振りも見せずはっきりきっぱりとそう言いのけたので、逆にナマエが恥ずかしくなってしまった。一部貶されていたがそこは聞かなかったふりをした。

そうこうしているうちになんとかドーナツが完成した。盛り付けには自信のあるナマエはチョコをふんだんにかけていかにも美味しそうなドーナツをカタクリに差し出した。


「・・化学合成の薬品のような味だ。どうやったらこんなになるんだ・・。相変わらず見た目だけは一流だ」
「__ちょっと失礼では?傷つく・・」
「事実を述べただけだ。テンパリングも甘い。何もかもが駄目だ」

せっかく作れ作れ言ってきたのに何なんだ。ナマエは腹が立ってきた。
だが食べられたもんじゃないと小言を言いながらもカタクリは完食した。お口直しとして、先程ナマエが買ってきたドーナツも食べていたが。

「・・不味いのによく全部食べたね」
「当然だ。ナマエがわざわざ作ったんだ」

まただ。カタクリはナマエの欲する言葉をさらりと言ってのけた。

「・・・そんなにボロクソ私のドーナツバカにしたんだから、ホワイトデーは凄いのお返ししてよね」
「勿論。あとお前はプリンにでも頼んでチョコレートの作り方を一からやり直した方が良い」

来年も、同じチョコレートドーナツを作ってくれ。大好きな人にそう言われたんじゃあ、作るしかないじゃないか。



「そういうわけなので、プリンちゃん、私にチョコレートの作り方をレクチャーして下さい!!」
「ったく面倒くせーな。チョコもロクに作れないような女がこの国でよく生きてられるな」
「あはははーー」

素のプリンちゃんは好きだが、ここまで言われると心の病にかかりそうになるほど傷つく。

「ちょっと自分じゃどのくらい不味いのか分からなかったから、プリンちゃんにも食べてもらおうと思って」

持ってきたの。ナマエは小ぶりサイズのカタクリに食べさせたものと同じドーナツをプリンにも渡した。

「うわ・・・」
「そんな、罰ゲームでむりやり食べさせられる人みたいな顔しないで」

見た目だけは一流パティシエの作るものと大差ない。だが味がカタクリ曰く口が曲がるほど不味いらしいので。

プリンは恐る恐るドーナツを手に取り、鼻をつまみながら一口齧った。

「・・・」
「・・・・どうかな?」
「、思った程、不味くない。むしろ美味しい方よ」
「え?」

プリンは鼻を摘むのをやめ、普通に食べ始めた。特に不味いというような顔もせず。

「あれ?」
「カタクリ兄さんはこれを本当に不味いと言ったの?そんなことないのに。その時使った素材が腐ってたんじゃないの?」
「ええー??」

カタクリに出したドーナツもナマエは味見したが、プリンに渡したドーナツと同じ味だった。だとすると、カタクリの味覚がおかしいのか、プリンの味覚が壊れているのか。
どっちもないだろう、もしかしたらカタクリが嘘をついたのかもしれない。

とりあえず改良の為プリンにチョコレートの作り方を伝授してもらい、カタクリにリベンジすると決めた。

***

「どうぞ」

プリンに教わったチョコレートの作り方で作ったドーナツを、再度カタクリに差し出した。チョコレートもプリンのレシピを忠実に守ったので間違いないはず。

「今回のは自信あるの」
「そうか、頂こう」

カタクリは大きな口で、ドーナツをまるごと飲み込んで咀嚼した。その様子をナマエはじっと見守る。

「少しは良くなったな。だがまだまだだ」
「___カタクリ、なんか嘘ついてるでしょ」

ギクリ。大きく焦りはあらわれていないが、恋人のナマエはその些細すぎる表情の変化でお見通しだ。

「白状してよ」
「・・・すまなかった」

カタクリは観念したのか、大きくため息をついて話し始めた。

「・・お前のチョコを不味いと言えば、腕に自身を無くしておれ以外の男に配らなくなると思った」
「え?」
「去年はおれだけじゃなく、兄弟にも配っていただろう。あれが嫌だった」

確かに配ったがあれは日頃の感謝の気持ちチョコのようなもので、本命チョコはカタクリなのに。

「ドーナツが不味いというのは全部嘘だ。本当は美味しい。あんなに酷く言って悪かった」

肩を縮こませて申し訳なさそうに謝るカタクリに怒る気力はとうに失せていた。

「わかったよ。今度からあげるのはカタクリと女の子だけね」
「あァ・・・」

すまねェ、と謝罪の言葉を口にするカタクリを可愛いと思いながら、ナマエは彼に思いっきり抱きついた。



(散々不味いって言われて、ちょっとショックだったんだからね)
(悪ィ・・・)

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