ミルクティー・メロディー


カタクリは朝早くの仕事が入っていた為、ナマエが起きる前にもう家を出ていったようだ。どんな顔で会えばいいのか分からなかったから、助かった。

__昨日の情事で、初めてカタクリを怖いと感じた。今までナマエに向かってあんな乱暴にすることなど無かった。
だが恐怖と同時に、彼の眼差しに宿るはかなげな影の存在にも気付いた。カタクリは何を思いながらナマエを抱いたのか。それを聞く勇気はまだ無い。

「今日の予定は?」

そばにいた部下に予定を訪ねた。ナマエは仕事に打ち込んで"彼"を忘れようと以前よりも仕事の量を増やしていた。

「午前中は重要書類に目を通して頂きます。それから・・・」

淡々と読み上げられていく業務内容をすらすら聞き流しながら、ナマエは無意識に首に手を当てている自分に気が付いた。昨日の跡が絶対に残っているはずだ。

「分かったわ」

部下を帰して、朝の準備を続行する。ナマエはタートルネックに着替えた。首の跡は、絶対に見られたくない。

***

どんよりとした雨空が、ナマエの気分を代わりに体現している。仕事も一段落し、ナマエはすることも無くなってきて、なんとなく鏡を見ていればそこには見覚えのあるシルエットがあった。

「・・ブリュレ?」
「あら、バレちゃった」

鏡から身を乗り出してブリュレが手を振る。そのまま手招きすれば、ミロワールドから出てきた。

「結婚式以来ね。新婚生活はどう?」
「上々かな。お陰様で何不自由ない生活」

そりゃそうよ、なんたって旦那がカタクリ兄さんだもの!とブリュレは笑った。ナマエも曖昧な顔で頷いた。

「時間もあるし、休憩がてらお茶に付き合ってくれない?」
「勿論」

ブリュレはミロワールドからティーセットを持ち寄りミルクティーをカップに優しく注ぎ入れた。甘い湯気が二人をいい気分にさせてくれる。部下にお菓子も用意させ、質素な職務室は簡易的なお茶会の場へと早変わり。


「ウィッウィッウィ、ナマエ義姉さんが元気そうで良かったわ」

これは嘘だ。彼女の纏うアウラの色はどことなく暗かった。きっと彼女の恋の箱の蓋はまだ閉じられてはいない。ブリュレには失恋の気持ちが痛いほど分かった。この醜い顔の傷のせいで見送った恋は山ほどある。

「ねえ、」
「なあに?」
「ナマエ義姉さんは、ペロス兄さんが好きなんでしょう?」

ナマエははっと息を呑んだ後、面を伏せた。まるで懺悔をするかのように。

「、うん・・・」

まだ、忘れられそうにないの。この人は、結婚してもなお他の男を想い続ける自分を恥じているのだろう。

「それ、カタクリ兄さんも知ってるの?」
「、うん・・・」

ブリュレの胸に深い悲しさが広がる。ああ、可哀想な兄さん。心までは手に入らなかった。
悲しさとともに疑問も浮かんだ。どうして優しい兄が、こんな悲しみを背負わなくてはならないのか。知らぬ間に怒りにも似た感情がブリュレを支配する。
誰よりも彼女を気遣い、そして想ってきたのはカタクリ兄さんなのに。それなのに、どうして報われない。

「知らないくせに・・・」
「ブリュレ、」


気が付けばブリュレは立ち上がって涙を流していた。
これ以上は、言ってはだめ。誰も悪くない。ナマエ義姉さんだって悪くないのに。でも、でも、

「カタクリ兄さんが、っどんな気持ちで結婚を名乗り出たか、知らないくせに・・・!!」

ナマエ義姉さんが酷く驚いた顔をしてこちらを見ていた。口に出してからブリュレは気付いた。今自分は知られてはいけないことを彼女に言ってしまったのではないか。

「それ、どういうことなの」
「あ、」

今のは忘れて。咄嗟にそう言ったが到底忘れられるはずもない。

「お、お仕事中だったのにごめんねナマエ義姉さん、もうアタシは帰るから、」
「待って、説明してよブリュレ」
「アタシの口からは言えないよ・・!」

説明するも何も、もう全て悟られてしまったようなものではないか。逃さんとばかりに掴まれた手を振り解き、ブリュレは鏡を目指した。

「ブリュレ!」

一目散にブリュレはミロワールドへ逃げ込んだ。ナマエはただそこに立ち尽くすばかり。



「・・・」

今、ブリュレが言ったことの意味をナマエは頭の中で反芻していた。
考えれば考えるほど、ナマエは自分の気持ちが分からなくなってくる。

テーブルに置かれてすっかり冷めきってしまったミルクティーには、複雑な顔をする自分の顔が歪に映っていた。

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