ミッドナイト・ヘブンズ・チューン
気付けば一緒にいた。それがナマエ。小さい頃から一緒に遊んで、ドーナツを食べて、それが当たり前になっていた。
でも、一緒にいる時間は兄弟の中では一番長いのに、どうしてナマエはおれを好きじゃないんだろう。
***
「カタクリ!」
耳に馴染んだその声は振り返らずとも誰のものかわかる。
「ナマエか」
結んだ髪をたなびかせながら幼馴染・ナマエは寄ってきた。
「今日も、メリエンダはドーナツ?」
「当たり前だ」
「そう言うと思って。新しくオープンしたドーナツ屋のドーナツ買ってきたよ」
おれの優秀な幼馴染は、おれの味の好みまでもちゃんとわかっている。ナマエがドーナツの箱を開けると、甘い匂いがカタクリの鼻孔を突き抜ける。思わず涎がたれてしまいそうになった。
おれは社を作ると、ナマエを中に招き入れた。__ブリュレの件以来、おれは一人でメリエンダを楽しんでいたがナマエは特別だ。
「はい、あーん」
「あーん」
メリエンダの時だけは、堂々とナマエに甘えることができる。美味いドーナツとナマエ。それが、完璧を目指すようになってからの唯一のおれの安らぎだった。
「そういえば、もうすぐバレンタインだね」
「あァ」
ナマエはいつもバレンタインにおれたち兄妹にお菓子をくれる。おれも毎年一番にもらっている。
「・・・・ペロス兄って、どんなお菓子が好きなのかな」
「・・・・さあ」
「やっぱりキャンディかな?でも、ペロス兄より上手なキャンディなんて作れないや」
ペロス兄の好きなお菓子なんて、兄妹なら誰でも知っている。だがおれは知らないふりをした。
最近、いつもこうだ。口を開けばペロス兄、ペロス兄。カタクリはそれが不満だった。
「最近はペロス兄のことばかりだな。もしかして、好きなのか?」
カタクリはからかい半分で言う。こんなのは軽い冗談のつもりだった。だがナマエの表情を見て、気付いてしまった。
「・・・・うん。・・・・誰にも言わないでよ」
ナマエの顔にぱっと恥じらいが咲き、頬には含羞の色が浮かんでいた。
「・・・そうだったのか」
今、自分はどんな顔をしているのかわからない。泣きそうな顔をしているかもしれない。
もし、他の男が好きと言っていたら。カタクリは絶対にソイツに負けない気がしていた。だが、ペロス兄となると話は別だ。兄のことは大好きだ。しかし、ナマエは取られたくない。
「この前私が近所のガキ達にいじめられてたときにね、ペロス兄が来てあいつらをやっつけてくれたの」
それがすっごくかっこよくて、好きになっちゃった。ナマエが赤くなりながら言った。
__ナマエがいじめられているだと?そんなことはおれが許さない。おれだってお前を守れるのに。
「っ今度またいじめられたらおれにも言え。・・・そもそも、何でお前がいじめられるんだ」
「えっと・・・、私がのろまだから」
のろま?ナマエの目が泳いでいる。これは嘘をついたときのサインだ。
「嘘だ」
「嘘じゃないし」
いや、嘘だ。ここでカタクリは一つの考えにたどり着いた。
「・・・俺と、一緒にいるからか」
「違う!」
やや語尾の高ぶった声でナマエが否定する。だがその否定はそれが真実であると示すには十分だった。
ナマエをいじめから守れなかった挙句、そのいじめの原因を作ったのは自分だった。なんて情けない。
最早おれはナマエを好きになる資格すらない。カタクリは体が冷たくなっていくのを感じた。
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