次の約束

我がトットランド高校は、男子バスケットの強豪校である。高校バスケ界ではその名を知らない者はいない。

その中でも、特に名を轟かせている選手が二年生のシャーロット・カタクリ。身長二メートル。シュートは外したことがない。ダンクも余裕で決める。リバウンドも取るし、そのあまりのバスケのセンスから雑誌にも取り上げられるほどの実力者だ。(本人はどれも断っているらしい)

校内でも女子からの圧倒的支持を得ている。彼女たちの過激な応援を止めるのも私達マネージャーの仕事だ。もっとも、過激なファンは彼の妹なのだが。

ドリンクを作り、ユニフォームを用意し、モップがけ、日誌を書いたりスコアを記録したり・・・とただでさえてんこ盛りに忙しいのに余計な仕事を増やさないで欲しい。それにカタクリを間近で見れるからって妬まれるし。カタクリ目当てでマネージャーやってんだろと言われたりもする。そんな訳無いから。
もともと中学からバスケをしていたナマエだが、高校で靭帯を断裂してしまいバスケなどの激しいスポーツはドクターストップがかかっている。最初は女バスのマネージャーだったが人手が足りないとの理由で男バスに回されたのだ。

「ブリュレちゃーん、テーピング準備してー!」
「はーい!」

ブリュレちゃんはマネージャーの後輩。そしてカタクリの妹だ。少々ドジっ子だがそこが可愛いのだ。



我がトットランド高校は、インターハイを着実に勝ち進んでいる。そして3日後には、最近大躍進を遂げている麦高との準決勝も控えている。
スタメン五人は今の時期が一番重要だ。だからマネージャーとして最善のサポートをしてあげたい。

(今日もかっこいいな・・・)

カタクリが丁度シュートを決めていた。フォームが綺麗だ。これだから女子に人気があるのも頷ける。

「もー、ナマエさん!またカタクリお兄ちゃんに見とれちゃって」
「いやフォームが綺麗だなーって思っただけだってば。別に好きとかじゃないけど、ただかっこいいなと思ってさ」
「ホント?」
「ホントホント」

マネージャーをやっているとやっぱりからかいがひどい。しかもブリュレは妹なので標的はナマエだけ。そのブリュレもからかってくるものだからどうしようもない。

「キャー!!やっぱりかっこいいわ!!」
「げ、この声は・・」
「フランペね・・。ちょっと追い払ってきます」

カタクリの厄介な妹・フランペがまた練習の邪魔をしにきたようだ。選手も休憩に入ったところで、ナマエもフランペ退治に向かう。

「またアンタなの!?どこまで邪魔するわけ?マネージャーの分際で。ブス!」
「そっくりそのまま返す。今大事な時期なの。邪魔だけはしないでよ、チビ!」

間に立つブリュレもオロオロ困っているのでこれ以上の口喧嘩はやめるとする。なんだか私も悪者みたいだし。ブスって言われて傷ついたし。

プリプリ起こりながら体育館を出ていったフランペを見届けると、休憩は終わっていて既に練習に入っていた。

「ナマエ」
「ん?」
「あまり、気にするな。フランペはああいうやつなんだ」

カタクリが言った。妹想いな彼はフランペに邪魔されていても嫌な顔ひとつしない。

「全く気にしてない。ブスとかブスとか言われたけど気にしてない」
「そ、そうか・・・」

カタクリは練習に戻り、ナマエもタイマーを取りに戻った。




「お兄ちゃん」
「ブリュレ、どうした?」
「さっきのはね、"可愛い"って言ってあげるのが正解なのよ。ナマエさんは何も気にしてないけど可愛いって言われたら絶対に照れて、でも喜ぶから。そしたら距離がぐっと縮まるのに」
「そうなのか・・・」

ブリュレは分かりやすく赤面する兄を見て微笑ましい気持ちになった。
兄にその自覚が無かった頃、先にブリュレがその気持ちに勘付いた。気づけばいつも目で追っている、話すと緊張する、などの症状でそれは確信に変わった。
ああ、少女漫画でも読ませてあげようか。兄は少し、乙女心というものを知った方がいいい。

***

夜遅く。部活も終わってしばらくたったが、未だに体育館の電気はついたままだ。
ナマエの教室は丁度体育館の様子が見える位置にあるので、いつも部活終わりに勉強をしつつ眺めている。

体育館を使っているのはカタクリ。彼がバスケが上手いのは、こうやって人知れず練習をして、影の努力というやつをしているからである。ナマエは邪魔しないようにと、彼の練習が終わるまで校舎で勉強をして、練習が終わったら体育館モップがけをするのが習慣になっている。

(今日の練習は一段と長いなあ・・)

最初のうちは夜の校舎が怖くて体育館で勉強をしていたが、もうなれてしまった。見回りの警備員のおじさんとも今では顔見知りだ。

「まーたこんな遅くまで待ってるの?」
「あ、警備員のおっちゃん」

50ちょいのこの人は、最初はナマエに怒ってきたが、理由を説明すると夜遅くまでいても大目に見てくれるようになった。オネエ言葉が時々飛び出る。

「いい加減、いるなら体育館にいればいいんじゃないの?男子と二人きりが嫌なの?怒られんのはこっちなのよ・・・」
「それが嫌なんじゃなくて、邪魔したくないだけ。・・・それに、バスケしてるところ見たら私までやりたくなっちゃうんだよね」
「そう・・」

ようやっと、体育館の電気が消えた。ナマエはそれと同時にカバンを持って教室を出る。

「じゃあね、おっちゃん」
「はいよー」


ナマエは割と掃除が好きだ。だから夜のモップがけもあまり苦ではない。
鼻歌を歌いながら、広い体育館を一人で掃除する。雑巾がけじゃないだけましだ。


「・・・ナマエ?」
「え?カタクリ?」

帰ったはずのカタクリが体育館の入り口に立っていた。少し驚いた顔をしている。

「忘れ物でもしたの?」
「あァ・・・。掃除、もしかして毎日してるのか」
「うん」

そう言って、また掃除を再開する。するとカタクリが近くに来て手伝おうとしてくれた。

「あ、いいよ!もう終わるし。ありがとね」
「いや、それはこちらこそだ。・・掃除してるなんて、知らなかった」
「好きでやってるから気にしないでいいよ」

モップを片付けにロッカーに行き、戻ってくるとまだカタクリがいた。どうやら一緒に帰ろうということらしい。

「待っててくれたの?明日朝練早いのに」
「それはお前もだろ。・・夜は危ないと思ったからだ」
「そっか。ありがとう」

何となく、カタクリの顔が見れなかった。付き合ってもいない男子と二人きりで帰るなんて初めてで。

「おーい、ナマエー!教室にケータイ忘れてったわよー!」
「あ!そうだった、ありがとうおっちゃん!」

手を振っておっちゃんに礼を言う。

「誰だ?」
「警備員のおっちゃん。仲良くなったの」

カタクリ、おっちゃんを睨みつけてる気がしたけど気のせいかな。元々目付き鋭いもんな。
それから他愛もない話をしながら、その日は帰った。





「ええっー!!ナマエさん、毎日一人で掃除してたの!?」
「ああ」
「凄い・・マネージャーの鑑だわ・・。」
「・・・警備員の男と仲良くなったと言っていた」

カタクリの明らかな嫉妬。女子高校生が警備員のオッサンに恋するはずも無かろうに。
大事な試合前に心かき乱すようなことはあってはならないと思い、全く心配ないわ、とカタクリを安心させるブリュレだった。

***

来たるインターハイ準決勝当日。会場には、多くの観客達がいた。選手達は各自アップをしている。
その中には、麦高の期待のルーキー・ルフィがいた。



「おーい!ナマエ!」
「ルフィ君じゃん!」

ルフィは中学の後輩。同じバスケ部だった。一個下だがタメ口である。

「麦高だったんだね。試合頑張ろうね!勝つのはうちだけど!!!」
「おう、頑張ろうな!!でもおれたちが勝つ!!!」

最後はハイタッチしてルフィを後にした。その様子を見ていたカタクリは、いつもより闘志が漲っているように見えた。

「ちょっとナマエさん!麦高のアイツと何仲良くしてんの!敵だよ!?」
「中学の後輩なんだ。可愛くって。でも応援するのは勿論トッ高だから!!」

ブリュレは訝しげな顔でこちらを見てきたが気にしない気にしない。ただ話しただけなのに・・・。




試合開始前の並んだ二人のオーラが凄い。ホイッスルが鳴った。
負けられない、男の闘いが今始まった。

ジャンプボールはこちらのチームが取った。幸先よくスタート出来た事にナマエは少しホッとする。

「頑張れーー!!」

止まない声援の嵐の中、二人は激しくボールを奪い合う。極限の集中状態、二人の世界に入っているようだ。
カタクリも強いがルフィくんも強い。最初はカタクリが優勢だったが、徐々に互角の争いへと発展していく。

「!ちょっと!」

観客席を見ると、フランペがレーザーポインターでルフィに焦点を当てているのに気付いた。これはいけない、と思い、スコアをベンチの選手に任せ観客席に急いだ。

「何やってんの!試合妨害よ!!」
「またアンタなの?私はおにー様に褒められたいの!すっこんでてよね、ブス!」

ここで引き下がるわけにもいかず、ナマエは暴れるフランペを連行した。

「離しなさいよ!!」

激しく抵抗するフランペを一人で連れて行くのは大変だったが、ようやく邪魔できない場所に連れて行くことができた。

「アンタ馬鹿なの?いくらカタクリを勝たせたいからってこんなことするのは絶対違う!」
「うるさい!アンタに何がわかんのよ!」

もうすぐ試合は終わってしまう。私だって会場で見守っていたいのに。

「あっ!!!」

フランペがモニターを青い顔で指差した。試合は終わっていた。

あとたった三点差。トットランド高校の負けだった。

「っっっだっさ!!!何が無敗の男よ!あんなひょろっちいのに負けてるなんて恥ずかしい!」

フランペは笑っていた。侮辱の笑い声がナマエの胸を針のように刺した。

「・・訂正して」
「は?」
「アンタは知らないみたいだろうけどね、カタクリはいつも部活終わりに一人で練習したりして、人一倍頑張ってるの!そんなカタクリの努力を無下にしないで!」

カタクリを馬鹿にされた事が悔しかった。ナマエの気迫に押されたのか、フランペはヒッ、と短く声を上げ気絶した。

「・・・行かなきゃ」

カタクリはどうしているだろう。

***

フランペをフランペの取り巻きに任せた後、ナマエは控室に続く廊下を走っていた。途中、ルフィくん達とすれ違う。

「あ、ナマエ!」
「ルフィ君・・、おめでとう。うちに勝ったんだから絶対優勝してよね。応援する!」
「ありがとう!カタクリにもよろしく伝えといてくれよな」

試合を経て、二人はいいライバルになったようだ。ナマエは手を振ってルフィにさよならをしたあと、選手の控室に向かう。

「あ、ブリュレちゃん」

ブリュレが控室のドアの前に寄りかかっていた。

「お兄ちゃん、今は一人にして欲しいみたい」
「そっか・・だよね」
「でもナマエさんならいいと思う。さ、入って」
「え」

妹は駄目で私はいいのか。言われるがまま控室にむりやり入れられると、カタクリが一人座っていた。

「カタクリ・・・。お疲れ様」
「あァ・・・」

悔しかったんだろう。だが、吹っ切れたような、清々しい様子のカタクリだったので安心した。

「おれは、優勝したらお前に言おうと思ってた事がある」
「え?」
「だからそれは、次のウィンターカップで優勝したら言う」

カタクリはもう、次の目標を見据えている。かっこいいね、と心の声が漏れてしまった。
そしたらカタクリは照れたようにプイっと目線を逸らすものだから、可愛い、なんて心の声が言っている。これは漏らしていない。

「それと、次からは試合の時、最初から最後まで見ていて欲しい」
「あ、それはごめん・・」
「いや、フランペだろう?後でおれが言っておく」
「ありがとう・・・」

ナマエは差し入れとして持ってきたドーナツの箱を開けた。カタクリの糖分補給は主にこれだ。

「糖質制限は今日だけ解除しよ。さ、食べて」

分かりやすく目を輝かせてドーナツを食べる彼はやっぱり可愛らしい。そこにブリュレや他の選手達も入ってきてみんなでドーナツをたらふく食べた。

***

冬のウィンターカップには麦高は参加しなかったが、宣言通りトッ高が制覇した。

ウィンターカップが終わっても、カタクリは一人練習を続けている。なので私の掃除も続く。

いつものように掃除をしていれば、体育館の入り口にカタクリが立っていた。

「忘れ物?」
「いや、今日は違う」

彼は足が長いからリーチも長くて、私とカタクリの距離はすぐに縮まった。

「インターハイで負けた後、お前に言ったことを覚えてるか」
「え?・・・ああ、私に言いたいことがあるってやつ?」

カタクリは背が高いから、自然と見上げるような形になってしまう。私のモップを握る手に力が入る。


「その、お前の事が」

と、言いかけて、カタクリは止まってしまった。なんだろうと思って振り返って見ると、入り口にブリュレが隠れていた。だがドジっ子属性を発揮し、こちらからバッチリ足が見える。

「・・・ブリュレちゃん?」
「あっ!えーっと、その、ナマエさんが毎日掃除してくれてるって聞いたからアタシも手伝おうと思って来てみたんだけど邪魔みたいね帰る!!!」

早口でまくしたてて急いで帰ったブリュレ。何だったんだろう。

「で?なんだったっけ」
「あァ・・、お前が、すっ」
「す?」

好きだ・・・。最後は蚊の泣くような声で消えかかっていたけど、ナマエにはちゃんと聞こえていた。


「うん」
「だから、おれと付き合って欲しい」
「うん」
「え」
「うん。いいよ」

と言ったら突然抱きしめられた。顔中から一面に湯気が湧き出すような気がして、モップを握る手が更に固くなった。
それが悔しくて抱きしめ返してやったら、カタクリも同じように湯気が出ていた。




(お兄ちゃーん!!良かったね!!グスン)
(ナマエも嬉しそうね、グスン)
(警備員の人・・・!?)
(俺も陰ながら応援してたのよ、グスン)


いかがだったでしょうか。ここではカタクリさんは学生なので、若いというか、ウブな感じになってしまいましたが・・・。
選手とマネージャーって漫画だけで実際はないよねー、なんて言われていますが、実はこの話は私の友人を基にして書いています。その二人も選手とマネージャーでしたが今でも仲睦まじいです。羨ましいぜっっ!!

最後に、リクエストありがとうございました!今後もよろしくお願いします。


back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -