モラトリアムに傷心

3



「綺麗…」

夏葵は入っていた青薔薇を手に取り、見つめる。

よく見ると、それは毛細管現象等を利用して染めたものではなく、本物の、純粋な青だった。

「薔薇なんて送るヤツは1人しか思い浮かばねぇな」

はじめがげんなりする。

「なんか手紙が入ってる」

青薔薇とともに同封されたその手紙。

夏葵が読み上げた。

「えー、読みます。こんにちは夏葵さん。分からないでしょうが私はつい先程すれ違った高遠遙一という者です。」
「やっぱりな!」
「突然ですが、私は貴女に少し恋愛感情と似たようなものを抱いております。その有無を確かめるため、一緒に薔薇十字館へおいで頂きたい。」
「え?」
「尚、来ない場合は同日招待されている貴女の後輩の命が頂戴されるようですよ?ではまた後日お会いするのを楽しみにしております。」
「!?」
「いやちょっと待って、情報量が多すぎて入ってこないんだけど」
「これ殆ど脅迫じゃない!」
「……後輩?」

夏葵の後輩。一体誰が招待されているのか。

「実は、俺もそこに行くことになってるんだ。」
「はじめちゃんも?!」
「夏葵、後輩の事は本当かどうか分からないけど、行った方がいいと思う。」
「私も…はじめちゃんが行くなら行くよ」
「……行きたくねぇ」

夏葵がボソリと呟く。

「でもなー。後輩の命懸かってるんなら…行くか」
「ああ。そうと決まれば準備しよう。」

はじめは席を立つ。

「それにしても……恋愛感情と似たようなものって…なんやねん」

そういえば、さっき高遠遙一のタイプがIQの高い犯罪者と言っていたが。

……まさか、ね。

頭の片隅に浮かんだある考えを押し込めながら、夏葵も席を立った。

青薔薇も貰ったし、いい人なの…かな?

***

「すっごい田舎…!」

夏葵達は薔薇十字館のある町へ来ていた。

「一面のクソミドリだな」

ほんとに見渡す限り何も無い。

「1日にバスが4本しか来ねーらしいから、迎えが来なかったらこのベンチで朝まで待つしか無いみたいだな」
「えーっ?もしかして今の終バス?まだ午後4時なのに」
「乗り物…無理…」

山間部の舗装されていない道で乗り物酔いした(名前)。

「次何か乗ったら吐く」
「やめろよ!」

今日は夏葵はオールブラックコーデでキメていた。
黒のハットに、黒のワンピース、黒のライダースジャケットに、黒の靴下、黒い靴、そして黒いクラッチバッグ…

「何でそんな黒いの?」
「…気分、かな?」

だが今の夏葵は顔面蒼白で余計肌が白く見える。

「…それより美雪、本当に良かったのか?俺達と一緒にお前までこんな…」
「もう!何度も言ったじゃない!はじめちゃんを1人で行かせてヤキモキ帰りを待ってる方が、私はよっぽどやなの!」
「美雪…」
「もう、いちゃいちゃずるい」

そこで、車のクラクションがファンファンと鳴る。

「はじめちゃん!あの黒いワゴン!」
「あれだな…」

おそらくそのワゴンの中に高遠遙一がいるのであろう。夏葵はこれから車酔いの地獄が始まると思うとぞっとした。
ワゴン車から一人の男性が降りてくる。

「金田一様に七瀬様、そして普家様ですね?"館"の主人にお客様の世話を申し付けられております、毛利と申します。」

軽く会釈する。

「本来、招待状を持たれない方はご案内出来ないのですが、大事なお客様のご友人とのこと、お客様の要望は可能な限り聞けと言われておりますので館にご案内致します。どうぞ。」

夏葵達は車に乗る。

「やあ」
「!」
「来てくれて感謝しますよ、金田一君、七瀬さん、そして(名前)さん?」
「地獄の傀儡師、高遠遙一…!!」

え、何故あたしだけ下の名前呼びなのだろうか。
よく顔を観察したいのだが、ジロジロ見ると余計酔いそうなのでとりあえず座ることにした。

「一本前のバスで来て、周囲を観察して回っていたのですよ。警察のお供があっては興ざめですからね」
「そんな必要はねぇだろ、あんたはこの後自分から警察に行く"約束"になってんだからな!」
「そうありたいものです」

美雪の隣が空いていたので、座ろうとしたが、生憎高遠に隣を勧められた。

なんやねんと思いながら高遠の顔を見ると…

「あれっ?なんかどこかで…」

会ったこと、あるっけ?

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