ひとりの生け贄の話
2
「私は殺すのは得意ですがその逆となると話は別です。…犯罪を未然に防いだり、人を守ったりするのはむしろ苦手なんですよ」
「!」
「私がローゼンクロイツの目的と正体を突き止める前に異母妹が奴の手にかかる…それだけは何としても避けたいんです」
高遠は表情を一切変えなかった。だから嘘かどうかが読めない。
「…てめーは散々人殺ししたのに、都合のいい事言ってんな!それに異母妹1人守れないんじゃ、恋人を作る資格なんてないぞ!」
はじめの意見は最もだったが、それすら意に介さないほど落ち着いているので腹立たしい。
「…そうかもしれませんね…。もちろんタダでとは言いません。異母妹が本当にそこに居て、無事にその館を出ることが出来たなら、私は警察に出頭しましょう。」
「な…!」
はじめは思わず一驚を喫した。
「私も逃亡生活に少々飽き飽きしてきましてね。この際拘置所で羽を伸ばすのも悪くないかと。」
「…」
「私の頼みを聞いてくれますか?金田一君。それともチャンスを逃し、私という殺人鬼を野放しにし続けますか?」
高遠の笑みが更に確信的なものへと変わる。
「…分かった。引き受けるよ!」
高遠は満足そうに口角を上げた。
「そうですか。では話は以上です。」
高遠は会計を済ませると、店の出口へと向かった。
自分とは入れ違いに、不動高校の制服を来た女子生徒が店に入る。
外の風に靡く彼女の髪。そして見える横顔、締まった口元。
自分でも何故だか分からなかったが、高遠は彼女から目が離せなかった。
***
…今の、指名手配犯の高遠遙一だよね?
夏葵はビビった。
こんな所に?ファミレスにいるもんなの?
しかも、こころなしかこっちを見ていた気がする。
「怖っ」
思わず呟いてしまったが、この程度で殺されたりはしないと思い、構わず待ち合わせている美雪の元へ向かった。
それに、はじめと一緒に旅行に行ったりするとよく事件に巻き込まれるので慣れっこでもあった。
「あっ、夏葵ちゃん」
「やほー」
今日は美雪と他愛もない話をする予定だ。
「何頼む?」
「私はファンタで」
夏葵はメニューをじっと見る。
……本当に夏葵ちゃんって綺麗だな。
高校2年生だが、もう出来上がっている。
センスも良いし、モテると思うのだが…
「じゃあ私ジンジャーエール」
店員さんを呼ぼうと、辺りを見る。
「あれ?金田一じゃん。」
「おお、夏葵に美雪。」
「一緒に話そうよ」
はじめは夏葵側に座ろうとしたが、夏葵は荷物をわざとらしく隣に置き、はじめに美雪の隣に座るよう促す。
夏葵は二人の仲を応援しているからだ。
はじめは渋々美雪の隣に座る。
「1人でファミレス?誰かと来てたんでしょ?」
夏葵が聞く。
「いやぁー、これといった相手では…」
「誰よ」
「…アイツだよ。お前は知らないと思うけどさ」
「え?もしかして高遠さん?」
はじめは黙って頷く。
…さっきのは本物だったんだ!
「高遠って…何で知り合いなの!?」
「実は…」
はじめは魔術列車での事について説明した。
「へぇー。犯罪芸術家か。そんな事があったのねー。明智さんもいたの?行かなくてよかった」
「落ち込むからやめてあげてよ」
明智は何故か夏葵に好意を持っている。
夏葵は明智の性格が苦手だった。
何なんだろうな…悪い人じゃ無いんだろうけど…
「あっ!そういえばさ、高遠が恋人作るとか何とか言ってたぜ」
「えっ!」
「芸術家は常に孤独なんじゃないの?」
「寂しくなったとか?」
「あーなるほど」
と、勝手な事ばかり言っていた。
「タイプはIQの高い犯罪者だってよ」
「そんな人いないよ」
「……」
何故か夏葵が黙る。
「え?なんで黙るの?もしかして当てはまってんの?」
「いや、なわけ」
「だよな」
「お客様」
そこでタイミングよく店員が話しかける。
「普家様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうですが」
「こちら、あるお客様からです」
と、箱を差し出す。
入っていたのは、紺碧の海を思わせる、青薔薇だった。