一人一題作品 | ナノ
歌と願い






この時代で貴方と共に生きる事を誓い、貴方が生まれた土地に来て…どのくらい経っただろう。



『…これ……ピアノ?』




晋作さんにおいでおいでと連れられて来たお屋敷には、私のいた時代とは少し形が違うピアノが置いてあった。


『おっ。やはり知っているか!なぁ、これ弾けるのか?』




こうやって晋作さんは少しでも目新しい物を見つけると、必ず私を連れて見せに行く。


もしかして、私が元の時代を恋しがってると思ってるのかな…とか推測してはみたけど。

よく、わからない。



重たい鍵盤に触れると滑らかなドミソが空間を舞う。



私は唯一弾ける曲を奏でた。


背もたれの無い長方形の椅子に腰掛けると、私のお尻をぐいとずらして晋作さんがひょいと乗った。


行儀悪く椅子の上で膝を抱えしゃがみ込む。


窓から柔らかく差し掛かる陽が、瞳をキラキラとさせている晋作さんの髪の毛や背中をふんわりと照らした。


その姿は仔犬みたいだと、ひそかにに思った。

笑いを堪えつつ、単純なコード進行と出来るだけ簡略化された主旋律を流し始める。


幼少から竹刀しか持ったことの無い私でも、不思議と身体が覚えていたのは


きっとあの時、カナちゃんがスパルタで教えてくれたからだ。


当時の事を思い出すと、また思わずぷっと吹き出してしまう。


カーペンターズの
『close to you』




私の大好きな曲


まだ私がお母さんのお腹に居た時、毎日この曲が家では流れていたらしい。


だからか私はこのメロディを聞くと、素直に優しい気持ちになれる。



覚束ない指先で弾き語りをはじめると。
晋作さんは左手で頬杖を付きながら少し目を細めて微笑んだ。




何だか左側がくすぐったい。




そういえば
晋作さんの前でピアノは勿論の事、歌なんて歌った事は無かった。


こんなに毎日一緒にいて、普段は着物で見えないほくろの場所すら知っている仲なのに


まだ見せてない部分があった事に驚いた。



やはり何だか、くすぐったい。



歌もピアノもあまり得意では無いから

カレン・カーペンターみたいにはなれないな。


そんな事を頭で巡らせ1曲を終えると…


ピアノの余韻に浸っていると思いきや晋作さんは、はっとして私に質問を投げかけた。


『これは何語だ!?』


晋作さんが八重歯を見せながら私に聞いた。



柴犬みたい…。
またまた笑いを堪えつつ
『えげれす語だよ』
右手で鍵盤を無造作に滑らせながら答えた。


晋作さんは突然、真顔になり

鍵盤を泳ぐ私の手首をがばっと掴んだ。



『…意味も知りたい。

小娘が…凄く優しい顔で歌ってた。



思い出があるのか?』




こんな顔もするんだな。

掠れた声でそう言って、右手で私の頬を撫でた。


突然に触れられてびくと跳ねる身体をよそに、私の心は不思議と平静だった。



『簡単に言うと意味はね、


あなたの側にいたい…って歌ったんだよ。』





晋作さんは少し視線をそらした。






…意味教えて自分で切なくなるなんて阿呆だな。


私は少し後悔してしまった。







『…そうかっ。』



晋作さんは努めて笑顔でそう言って私の肩を抱き寄せた。



晋作さんの首筋に頭を預けると鎖骨が頭にコツンと当たった。



私の頭に晋作さんの少しやつれた頬が乗る。



しばらく何も言わず、二人寄り添って
傾き掛けた日を惜しむ様に窓の景色を眺めた。



私はこの一時を噛み締めるように


涙が頬を伝わぬ様に、瞼をとじて、下唇を噛んだ。








帰り道は1番星が顔を出し始める頃だった。




『ねぇ、聞いてもいいですか?』


私は晋作さんの肘辺りの袖を引っ張り、横顔に言葉を投げた。



『私、寂しくなんか無いよ。晋作さんは私が家族達に会えなくて寂しいと思ってるんですか?』





…今日みたいに目新しい物を率先して見せてくれるのは、何故なの…


私が最後まで言う前に晋作さんは答え始めた。



『分かっている

元の時代を懐かしむ事はあっても、寂しい訳では無いんだろう。』


晋作さんは立ち止まって私の頭をぽんぽんと撫で少し、はにかんだ。




『…俺はお前を産み育ててくれた人々や時代に感謝している


小娘…



小娘の中には人々から受け継いだものが沢山ある。


きっと俺も、その中の一人だ。





俺がいなくなっても

俺と小娘の日々が失くなる訳じゃない。




小娘を愛している事に変わりはない



だから…


忘れないで欲しい。


今まで触れ合って来た全ての人々と、俺の事


だから、お前が知っていそうな物を沢山見せたかった


沢山の未来を思い出して欲しかった。』




それだけだ。


…そう言って、晋作さんは再び歩き始めた。


風が少し冷たくなって来た夕暮れ時。



私は何故だか瞼と頬がびしょ濡れで、ぼやけた視界を拭いながら歩いた。


『もう泣くな。』




いつまでもぐずる私を見かねた晋作さんは、外套に私を隠して抱きしめた。




私はずっと忘れない



出会った人々の姿や思い出を。



愛する人の
まるで春の風の様な、悪戯な笑顔。


私を呼ぶ声


大きな掌


何もかも…


私は、ずっと。




歌と願い



■作者よりヒトコト
生まれて初めて小説を書きました。 なんとか頑張りましたが、わかりにくかったらごめんなさい。 管理人様、仲間に入れて下さってどうもありがとうございますうわーん(号泣)


■管理人より
高杉さんの小娘を切なく満たす言葉や仕草に…心臓を鷲掴みにされました。恋だけじゃない、個への愛といえば良いのでしょうか?思わずじーんと涙が出そうになりますね。
処女作であるとは信じられない力作を、ありがとうございました!





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