三日目の昼、レストルーム。ようやく平熱まで落ちた熱だが、頭はどこか重たいままだ。 甲斐甲斐しく用意されたお粥をもっそりとしたペースで食みながら、ヤイバは横をちらりと見た。いかめしい偉丈夫。ミオの父親、ヨリトモだ。 「……どうした?不味かったか」 口の中のものを咀嚼しながら違う違うとジェスチャで示す。ごくりと飲み干し、ふう、と一息つく。 「ヨリトモさんのチャーハンが食べたくなったの」 「……まだ病み上がりだからな。まあ、落ち着いたら作ってやるさ」 「やったー」 小さくバンザイと手を上げると、苦笑のような表情を彼は浮かべた。父性の塊のような笑顔だ。出来の悪い子供を見守る親のそれをしている。 食欲自体は熱がピークだったときも減退こそすれど駆逐はされなかった。お粥は順調に腹の中に収まり、ごちそうさまでしたと手を合わせた。 にゃあ。 「おや」 聞き慣れた鳴き声がしたかと思えば、ベッドの下には見慣れた黒猫がいた。ヨリトモが「お前の熱がだいぶ引いたからな」と暗に今まで近付けなかったことを示唆した。どうやら魔物の大量発生の際、うまく逃げ切れたらしかった。軽やかにベッドへ乗り上げる猫を構ってやりながら、「無事でよかったにゃー」とだらしない飼い主の顔を見せる。 「あ、ていうか、餌とか、世話とか」 「ミオとナグモ博士が交互にやっていた。今度礼を言っておけ」 「うわ……マジか……」 いらぬ迷惑をかけてしまった。「お前も感謝しろよー」なんて言いつつ喉元を摩る。ごろごろと鳴る喉の感触が楽しい。 膝の上でくるりと丸まってしまった猫は、ここから梃子でも動かないと主張しているかのようだった。思った以上に懐かれていたようで、嬉しくなる。 「では、俺はそろそろ出る」 「……なんかもう、色々すみません」 「気にするな。元々お前への任務の中継ぎや共同の魔物討伐作戦が今の俺の任務だ。多少長居したとして、支障はない」 外套を着、ヨリトモは出口へいこうとした。その拍子、開閉ボタンの横の部屋備え付けの内線から呼び出し音が鳴り響く。出てもいいかと視線で問うヨリトモに、お願いしますと頭を下げた。 『失礼します。こちらフロントです。ヤイバさまにお会いしたいという方が来てらっしゃいます』 「名前は?」 『キサラギさまです』 「…………?」 キサラギなんて言われて、思い当たる人物は一人しかいなかった。受話器を掌で押さえて、どうする、とヨリトモはヤイバへ問いかけた。 「お前の知っているやつか?」 「……うん、知り合い」 「俺としては、病み上がりだから今日はやめておくべきだと思う」 「……そうします。ごめん、断って」 ヨリトモは再び受話器を耳に当てると、「すまないが、ヤイバは体調が悪いのでお帰り願いたい」と返答しました。フロントからの了承を伝える声が少し遠くに聞こえ、受話器が置かれる。 「どういう知り合いだ?」 「……たぶんこの間、たまたま魔物から助けた人」 「そうか」 それ以上詮索することはなく、ヨリトモは部屋から出ていった。「早くよくなれよ」と不器用ないたわりの言葉を残して。 「……にゃーん」 にゃあおん。 やる気のない鳴き真似に答えるように、目の前の猫も泣き声を上げた。とりあえず再び横になることにして、布団の中に潜り込む。猫は丸まっていた姿勢から起き上がり、ヤイバの頭あたりまで寄ってくる。 「……お前はほんとうに、ユウマそっくりだにゃー」 にゃあ。 黒い体毛、満月を湛えた両目、しなやかな体躯。一度そうだと思ったら、もうそうとしか思えなかった。腕で布団を少し持ち上げると、猫はそれを待っていたのか、するりと中に入ってくる。汗臭くはないだろうかと心配したが、特に布団から出ていく様子もない。安堵すればいいのか、猫を潰さないよう寝返りを打てないことを嘆くべきなのか。 「……キサラギってユウマなのかにゃー」 にゃあ。 「……だったとして、何しにきたのかにゃー」 なあお。 「……今更合わせる顔がない、にゃー」 にゃにゃん。 じゃあ会わなくたっていいじゃないという副音声が聞こえてきた。勿論のこと妄想だ。仰向けになったヤイバの胸に猫が乗り上げる。しなやかな体躯を支える四肢が柔らかに自分の肉に食い込むのを感じた。少しだけ痛い。 丁度いい塩梅の場所を見つけた猫は、そのまま胸の上で丸くなった。視線を下ろすと間近に猫の頭がある。後ろ脚が気まぐれにもがくような動きをしては、寝間着越しになだらかな肋骨の隙間へ触れていく。 「うへえ……もふもふ地獄だあ……」 これは眠たくなる。 胸が苦しいなあと思ったが、結局は猫の好きなようにさせた。眉間に口付けを落とすと、場所が嫌だったのか猫は「みぎゃ」と不細工な声を上げた。
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