魔物の大量発生の原因は未だに掴めないが、中心部らしきものが見つかったと連絡が入ったのは、それから約一時間と少し経った頃合いだった。 『ISDFが既に索敵を送り込んでる。場所は……千鳥ヶ淵だな』 春には花見で賑わう、ちょっとした観光スポットの名前が挙げられる。この場にいないメンバーも含めた、十三班全員にとってあまりいい思い出の無い場所だ。 受け取ったカップの中は既に空で、もとは紅茶の入っていたそれをソーサーの上に戻す。改めて美少女となったナガミミをジェットとアオギリは笑い倒し、ヤイバが立ち上がるのに合わせて、装備を確認し出した。 「竜がいなくなったと思ったら次は魔物なのね」 「どうなってんだ全く……」 「え?二人ともついてくるの?」 純粋に疑問だという体で目を瞬かせるリーダーに二人は渋い顔をしたが、特にその発言には言及することはなかった。 「十三班だろうが。俺らも」 ジェットがぶっきらぼうにそう言うので、ヤイバは「またやってしまった」という表情を浮かべた。代わりに、「装備とかスキルは?」と訊ねる。 「スキルはともかく、装備はリセットですね。手には馴染みますけど、威力がないったら」 「右に同じく」 「ナガミミ」 『あー……記憶はともかくその辺に改変の影響が出てるんだろうな。とりあえず一旦本社まで……いやそんな時間はねえな。今回はそれでなんとかしてくれや』 「無茶振りは相変わらずかよ」 ジェットがぼそりと呟いた遠まわしな文句をナガミミは黙殺した。全員の準備が万端になった所で、三人は葵衣家を後にした。ヤイバは今のうちにと改めて端末を確認する。ナガミミ以外からの連絡はない。猫がどうしているか気になる所だが、今はそれに気を取られている場合でもない。 三人は示し合わせたように駆けだした。
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「…………なに、これ…………」 千鳥ヶ淵の桜は花をつけていない。当然だ。春はまだ先のことで、蕾がつくにもはやすぎる。 春の様子を知っている人が見ればどことなく物足りなく思うような殺風景さの中、それを埋めるように異様な光景が広がる。 魔物と人間の遺体が交互に倒れあい、重なり合いながら広がっている。激闘の気配を感じさせるその中で、茫然と立ち尽くす後ろ姿があった。恐らく一般人なのだろう。よくよく見れば、少ないながらも隊員たちの中に紛れて夫婦や幼い子供と思われる死体もある。 青年と思しき背中は、傷を負ったらしく肩口からどくどくと出血を繰り返していた。立っている方がむしろ不思議だ。三人はすぐにその背に追いつこうとして、一瞬止めてしまった足をまた動かす。 「う、?」 不意に、ぐにゃり、と風景が歪んだ。蜃気楼のようなものが青年のすぐそばで発生している。そこに進むにつれ遺体の密度も増える。 「あれが原因か!」 「ジェット、ハッキング!」 「やってる!」 アオギリの鋭い声にすぐさまジェットが答えるが、ややあって彼は空中に浮かぶキーボードを殴るような動作で霧散させつつ「くっそ、失敗だ!」と叫んだ。 ヤイバはそのまま駆けながら、青年の前へ躍り出た。アオギリとジェットがやや遅れてくるのが足音で判る。蜃気楼は徐々に揺らぎを止め、黒い靄を纏い始めた。 「逃げて」 一閃。刃を振るうも実体しないものなのか、そこに手ごたえは感じなかった。後ろの青年は動かない。あるいは動けないのか。靄にぴしぴしと亀裂が入り始める。何か。何かが出てくる。相対し慣れたような、もしくは今まさしく初めて遭遇するような。項にぴりぴりと静電気のような何かが走り、指先に余計な力がこもる。 「――――逃げて!」 ジェットが追い付いた。 亀裂が開く。その瞬間、ヤイバは鋭く刃を放った。影から浮き出てきたかのように低く屈み、下からそれを切り上げる。うまいこと不意が付けたらしく、それの動きが一瞬止まる。止まったそれを見る。 固い皮膚。頑丈な顎。鋭い牙。長い爪。今までの魔物なんて目じゃない体躯。 ああ。ああ。ああ! 地を蹴りあげ跳躍する。熱で沸き立ったマナが刀身へ伝わり、淡く炎を帯びた。そのままクロスさせた刀身を上から叩きつけ様払う。綺麗にできた十字傷が、じゅわっと音をたてると同時傷口を燃え上がらせる。 「ああーはははっ」 ため息と笑いが入り交じったような声が出てきた。後ろでジェットが下げた青年をアオギリが治療している。庇うような立ち位置で、ヤイバはそいつを見た。獣の様子が色濃い、かつて狩り尽くした存在によく似たものを、見た。 「会いたくなかったなあ――――竜!」 ぎゃおおおおん。 咆哮。びりぴりとした威嚇に一瞬行動が遅れた。眼前に迫る爪を避けきることは叶わず、脇腹を僅かに裂かれる。かっと熱く患部が熱を持ち、外気に晒されて怖気のするような肌寒さが襲った。 しかしそんなものは意に介さずヤイバは勢いよく地面を踏み込み助走をつけた。堪えきれない歪んだ笑みが顔に張り付く。 「これすっごく痛いよ!!」 だから覚悟してね。 凄絶な笑みと共に放たれた一迅で、竜らしきものはぐるりと白目を向いた。顎を強打された末に脳みそが揺さぶられたらしく、さらにそこに追い討ちをかけて脳天へ刀を垂直に打ち込む。 これにはさすがに耐えられなかったか、ずずん、と重たい音を立ててそれは地面と死体の上に倒れ混んだ。見た所魔物の突然変異だろうか。竜と呼ぶには実に柔らかい手応えで、拍子抜けすら感じた。何千万分の一の確率で出来上がる異変種。種の発展たる進化の原点は、今人間に抹殺された。激しい情動がすっと胸から引いていき、ふと我に帰ったような、そんな不思議な気分になった。 「ヤイバ」 ふと自分を呼ぶ声が聞こえ、後ろを振り替える。 「あ――――――」 自分の頭から血の気が引く音を、初めて聞いた。心臓がやけにうるさく自己主張を始め、先程とは全く違った意味で手足が強ばり、手のひらから落ちそうになる刀を必死に持ち直した。 やや明るい茶色の髪。精悍な顔つき。イエローベリルの瞳と、目が、合う。
ヤイバはそこから逃げ出した。
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