我を超えんとする者は一切の望みを捨てよ | ナノ



出会ってそうたってもいないクラスメイトが、早々に死んだ。
最期を看取ったのは伏黒だった。私はその頃釘崎ちゃんと大量の呪霊を前にドッタンバッタン大騒ぎの最中だったのだ。私は全身打撲で気絶してて、釘崎ちゃん曰く伏黒の式神の蛙に二人して回収されて施設外に出たらしい。
特級を前に一人で粘った虎杖君が、色々あって死んだ。色々は色々で、私には開示されない情報があったのか絶妙に濁されていた。私と釘崎ちゃんは、虎杖君が特級呪物を飲み込んでいたのは知っていたけれど、具体的にどんな呪霊がその身にいたのかは知らない。
ショックだった。同い年が死んだのは初めてだったし、彼はまるで呪いとは縁のないような――――そう、普通、至って普通の人だったから、私は勝手に彼は死なないと思っていた。彼が死ぬような世界じゃないと思っていた。
でも現実は違った。虎杖悠仁は死んだし、私は足手まといとしてずっと釘崎ちゃんに庇われてて、終いには伏黒に助け出されてこうして生きている。無力感と、自分に対する失望感が絶え間なかった。私は、自分でも知らないうちに「自分はいるだけで価値のある存在」であると、思い上がってしまっていたらしい。
「名前」
扉の外から五条先生の声がした。部屋の中で私はゆるゆると顔を上げた。気配は三人分。彼に付き添って、多分、釘崎ちゃんと真希先輩が来たのだと思う。ここは女子寮だから。
「起きてる?」
返事をしようと口を開いたけど、音が出なかった。昨日も意味も判らず泣いてしまった。今朝方も何が恐ろしいのか、何が悲しいのかあいまいなまま私は泣いていた。ただ泣いていた。それしかできることがないかのように、役立たずらしく泣いていた。
「返事はしなくてもいいや。起きてるなら聞いて。明日から恵と野薔薇は訓練再開するから、出てこれそうなら来て。あんまり無理はしないように」
それじゃあ。
必要最低限の言葉は、余計な重圧がかかってなくて、詰めていた呼吸が少しだけ楽になった。
心配とか、こんな風に部屋にこもっていてなんだけど、されたくなかった。私は私が弱いからこうして殻にこもらないと整理がつけられない。人前で勝手に溢れる涙を見せたくもない。それだけなのだ。それだけ。
「苗字」
釘崎ちゃんの声だ。
「私は」
何かを躊躇うような声だった。
「強くなる。ついてくるなら、来なさい」
「………………」
足音が遠くなっていく。早くなる鼓動と呼吸が横隔膜を痙攣された。
「ふ……ふ、ふふふ、ふ」
短い付き合いだけど判る、絶対そんなガラじゃないのだ、言葉をどうにかひねり出して、それでも釘崎ちゃんは私を立たせようとしてた。
「ふは――――ふ、う、ぅぅう、う」
涙も鼻水もごっちゃになって顔から出てくる。情けなくて比喩でもなんでもなく涙が出てきた。強くなると彼女は言った。多分伏黒もそうだ。彼もそう決めたに違いない。もうあんな思いをしなくていいように。そう思ってのことに違いない。
「ぢぐじょう……っ」
泣き声が漏れないよう踏ん張って、そして濁った悪態。私だって、私だって強くなりたい。味噌っかすみたいな力しかない。それでも呪術師として登録されている。私には、力があるのだ。
虎杖君。助けられなくてごめん。あなたの死に際に立ち会えなくてごめん。そしてそして、本当に今日、本当についさっき、不意に理解してしまった事があるので、もう伝わらないのを判っててあなたに言います。
「いだ、どり、くん」
あなたのこと、好きになってしまってごめんなさい。
私これから――――あなたのことを呪いのように想って、強くなります。



×