memo simple is the best! ::BBB没3 「奪うなら、私から奪いなさい」 重たい言葉だ。 「妹の方を犠牲にしたのかこの外道!」 ザップが叫び、ユズは静かにその光景を一歩引いた場所で見ていた。歩きやすい三センチヒールで足場を確かめる。こういうとき、この先輩は意外とまともな感性を持っているのだなとユズは思う。早とちりが過ぎる、と思う部分もあるが。 「僕は……ッ」 ひぐ、と喉が引き攣る濡れた音がした。胸倉を殴られたままの姿勢でそれでも彼はまっすぐにザップを見ていた。胸倉から手が外され、肩の力が静かに抜けていくのを見る。首は俯き、握りしめられた拳はぶるぶると震えていた。ぐう、ウッ、ぐ、……泣き声だ。涙にぬれた声音だ。 「……動けながっだ……ずっど、固まっで……!僕は……僕は、」 卑怯者です。苦渋に塗れた涙声をかきけすかのように上空から降ってくる鉛玉に、ユズは咄嗟に立ち位置をずらす。クラウスは動く気配がない、ということは威嚇射撃だ。すぐそばにどごんどごんと重たい音が降り注ぎ、髪と服を舞い上げた。 『こちらH・L・P・D特殊部隊!抵抗は無駄だ、これより確保に移る!総員降下準備!』 「来ちまったか……面倒だなあ、オイ」 「図体だけでかいくせにさして役に立たないんですよねえ。ブラッドブリードの時とか」 「おいおいそれはスケールがでかすぎんよロリディラー」 「ロリをつけるなクズ系イケメン」 「それ褒めてませんか。……ん?けなしてるのかな?」 涙声でレオナルドからの突っ込みが入った辺りで、大量のポリスーツが降りてくる。法的にあらゆる拷問を許可するとか言っちゃってるーきゃーこわーい。ユズは内心でそうふざけてみせた。 「……レオナルド君。君の能力の事、その事情。全て了解した。その上で取引を申し出たい」 レオナルドが偉丈夫を見上げる。ポリスーツの警告がうるさい。 「恐らく君の能力はこの局面を左右する鍵になる。ついては。我々に協力してほしい」 ユズは何を言っているんだとクラウスの背中を見上げ、抗議しようとして、そして。やめた。こうと決めたら彼は引かない性格であると何度も何度も経験してきたのだ。ならば無駄な能力を諦めるのが吉と見た。 「……それって……」 「そうだ。改めて」 大きく彼が肯定を示し、レオナルドの表情がポカンとしたものになる。 「ようこそ、ライブラへ」 ジャカ、ジャカ、と鉄の重たい音が声を遮るように騒ぎ立てる。どうやらポリスーツの目に余ったらしかった。レオナルドが顔を再び強張らせ、ユズは胡乱げにそちらを眺め、ザップは舌打ちを、クラウスは鋭く一瞥した。 ここは私が引き受けよう、と大量の軍用兵器を見ながら言うクラウスに、レオナルドは「本気かよこの人」という表情でクラウスを見上げ、「八つ当たりじゃねえか」という表情でザップとユズは目を逸らした。血の雨が降ることが決定した。 「……じゃあ私代表といますね。徒歩とランブレッタじゃちょっと無理があるんで。チェイン先輩じゃないし」 「ああ。そこで見ていてくれて構わない」 何の事だか判っていないレオナルドをザップが襟首を掴んで連れていく。え?え?と疑問符を浮かべたままのレオナルドに、「気付いてねえのかっ」とザップが突っ込みを入れる。 「さっきので鉢植えがいくつか駄目になった。旦那はな、意外に短気で理不尽なんだ」 全く以てその通りだ。ユズは頷く。見ていろと言う彼の言葉通り、ポリスーツの合間にこそりとしゃがみこんだ。銃口が一気にクラウスの頭に照準が合わせられる。 「……そうだ、レオナルド君。一つだけ認識を改めたまえ」 闘気が練られていく。嵌められたナックルが、霧の濃いこの街でも確かに存在を主張して、鮮烈に残酷に輝く幻想を誰もが見た。 「君は卑怯者ではない。何故なら諦めきれずにそこに立っているからだ」 レオナルドが茫然とした様子でこちらを見ている。グッドラック。ささやきだけを寄越してユズは指先をくるりと彼に向けて一回回した。恐らく日付が今日のうちはもう彼と会うことはないだろうから、ここからその顛末を傍観させて頂こう。きっと幸運が訪れますように、そんなささやかなエールを込めて。いいか。力に溢れた声が届く。 「光に向かって一歩でも進もうとしている限り、人間の魂が敗北することなど――――断じて無い」 拳が振り上げられる。ザップがレオナルドを連れてその場から踵を返した。開いてるのか閉じているのか判らない糸目が、それでもなんとなくこちらを見ているのが判った。発動する。――――ブレングリード流血闘術十一式。 「――――回転式連突!」 文字通り、敵が吹っ飛んだ。血色の十字架が辺りを満たし、鋼鉄を引き裂く暴力的な贖罪の証が舞う。残骸の中、クラウスは叫んだ。 「征け!手始めに、世界を救うのだ!」 back ×
|