「バレンタインかぁ」
なまえは見ていた雑誌をパタンと閉じる。どこのお店、どこの本屋に行ってもバレンタイン一色だ。
今年もついにやって来てしまった。私も一応恋する乙女の一人。彼であるサターンに何か用意したい気持ちもある。
「どうしよう…」
取りあえずこのまま此処に居ても仕方が無いので、本屋を後にする。
とても寒い。はぁっと溜息をつけば白い息が舞い上がる。
トバリシティに堂々と立つギンガ団アジトを見上げる。サターンは今も働いているのだろうか。
それは一昨年のことだった。
サターンと晴れて恋人同士になり、初めてのバレンタインデー。
勿論私は張り切ってチョコレートを用意し、わくわくしながら14日を待った。
なのに、肝心のその日にサターンは任務でキッサキシティへ出掛けてしまい会えなかったのだ。
放っておいてもゴミになるだけなので自分で食べてしまったのだが。
思い出したらまた溜息が出る。
その出来事があってからチョコは作ってもいないし、あげてもいない。
バレンタイン自体を知らないのだろうか、とも考えたがそれは有り得ない。
去年だってマーズやジュピターに逆チョコを贈る下っ端だっていたし、サターン自身も女の子から貰っていた。
「寒いなぁ…」
結局私の手には数枚の板チョコと可愛いハート型のボックス。
それらを抱えて駆け足でアジトへ戻る。もう時間は遅い。早く作らなくては。
自分の部屋に慌しく戻るとエプロンを引っつかんで調理室へ走る。
途中で何人かの下っ端に声を掛けられたがそんなの聞いている暇はない。
絶対作らない、と決めておきながらチョコを溶かしている自分が可笑しすぎる。
一度もあげていないチョコ。サターンは喜んでくれるのかな?なんていう乙女な思考が
全て自分自身じゃないように思えた。
時計はもう10時過ぎをさしていた。
夕食を食べ終えてから出掛けたのを少しだけ後悔した。
テキパキと型に流し込んで冷蔵庫へ突っ込む。
この作業は早く冷えろ!と念じるしか方法はない。困ったものだ。
もう固まったかな?なんて定期的に中身の確認をしていると誰かに肩を叩かれた。
「なまえ、何やってんの?チョコ?」
もうパジャマに着替えているマーズ。
ボウルに残っていたチョコをぺろりと舐めて笑う。
「うん、サターンにね。あげようと思って…」
「あれ?今年もあげないんじゃなかった?」
「う、それは…」
マーズには色々相談したから全てを知っている。
「ま、でもね。良いと思うよ。きっとサターンも欲しがってると思うし?」
「ほ、本当?」
するとマーズは彼女からチョコ貰えなくてへこまない男はいないでしょ。と言って
キッチンから出て行った。
もう一度冷蔵庫を見ると見事に固まっていて、少し上手くいく気がした。
◇
「サターンいる…?」
控えめに執務室のドアをノックするが、返事はない。やはりもう自室へ戻ったのだろうか。
執務室から離れてサターンの部屋へ向かおうとした時、かちゃと音がしてドアが開いた。
ドアの隙間からひょっこりと顔だけ出したサターンとばっちり目が合う。私も驚いたが向こうも相当吃驚したようだった。
「あ、サターン…「いいから、とにかく中に入れ…!」
何故かは分らないがひそひそと小さな声で話すサターン。
腕をぐいと引っ張られて温かい執務室へ入る。
「な、どうしたの…サターン?」
すると一瞬顔をしかめて、ぼそぼそと口を動かした。
「今日はその、バレンタインだろう?」
「うん、そうだね」
「朝、執務室へ行こうと部屋のドアを開けたら前に…」
「前に?」
「大量のチョコが積んであった」
サターンはそこまで言うと顔色を悪くして、仮眠用のベッドに腰を下ろした。
私もその隣にちょこんと座る。
「じゃあ、いらないかな?これ」
後ろに隠していた箱を手にとって、自分の膝の上に置く。ピンク色の箱にゴールドのサテンリボン。
それを見た瞬間、サターンはごくりと息を呑んだ。そして軽く私の腕を掴むと話し始めた。
「その…一昨年は悪かった」
「なんで?」
「ほら、お前がチョコを用意してくれていたのに任務に出掛けてしまったから…」
「知ってたの?」
「嗚呼、マーズから聞いた」
「そっか…」
何でも話しによれば、サターンは毎年チョコ三昧で14日になると必ず遠征任務へ出掛けるという。
「でも今年は行かなかったんだ?」
「あぁ、去年も行かなかった」
「えっ…ごめん」
去年は私が勝手に落ち込んで、チョコを作らなかった年だ。サターンは待っていてくれたのに。
「じゃあ、今年は受け取ってくれる…?」
「勿論だ」
始めて手渡しした本命チョコレート。
私を抱き締めたサターンの白衣からは微かな薬品の匂い。
何もかもが幸せそのものだった。
貴方+私=幸福
(バレンタインはこんなにも素敵な日でした)
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