はじまりはお弁当から
★★★★
わいわいがやがや。
賑やかな教室をナカは1人抜け出した。
行き先は音楽部の部室。
あまり活動が活発でない音楽部は昼休み無人となる。
ナカはそこでいつも1人昼食を摂っていた。
「アイツ、ちゃんと喰ってくれたかなぁ」
ひと目ぼれした友人ナオにここのところ毎日弁当を差し入れしているが、以外にも人見知りの激しいナカはいまだに一緒に食べようと誘えなかった。
無口なナオから何とか嫌いな食べ物を聞き出して作った弁当を、彼は気に入ってくれただろうかと思いながら食べていると窓の向こうから賑やかな声が響いて来た。
覗くとどんな係わりなのか不明な一団が賑やかに廊下を歩いて行くのが見えた。
方向からして屋上に行くらしい。
上級生らしい数名と違うクラスの一年生の数名。
(どんな関係なんだろ)
そんな興味で見ていると、彼らの1人と目が合った。
先頭を歩いていた小柄で元気そうなメガネの子。
見覚えがないから上級生だろう。
彼はナカと目が合うとニコッと微笑む。
慌ててナカは視線を逸らし窓から離れると弁当の広げてあったテーブルまで逃げた。
知らない誰かと係わるのは苦手だ。
『寂しいんだろ?』
そんな風に誘われて夢中になったら捨てられた。
それをトラウマとは思っていないが、あれからナカの人見知りが激しくなったのは確かだ。
「・・・・食べよ」
ナカはイヤな思い出を振り切るように弁当に向き直った。
今日の弁当は夏野菜のトマト煮と鯵とジャガイモのコロッケ。それから雑穀米のおにぎり。
「んー・・・・。コロッケ、下味が薄いかなぁ。トマト煮はいい感じだけど」
食べながら手帳に色々とメモして行く。
すると。
「それ君が作ったの?」
そんな声がしてナカは飛び上がった。
「ぎゃあっっ」
「あ、驚かしちゃった?ごめんごめん」
そう言って笑うのは先ほど目が合った少年だ。
ナカはドキドキする心臓をなだめながら、にこにこと近づいて来る少年から距離を取る様に壁際に逃げた。
「逃げないでよー。何もしないからさー」
そう言う少年に
「禎・・・いきなり走って行くから何かと思ったらナンパ?」
と背の高い少年が部室に入って来て眉をしかめた。
「ごめーん。だって目が合ったからさぁ」
「目が合えば何だってんですか?かわいそうに、怯えてますよ彼」
そう言うのは多分隣のクラスの子だ。
図書室で何度か見かけた事がある。
「そうそう。ごめんねー、怖くないからねぇ」
にこにこと、何だか可愛らしい少年がナカの肩に触れた。
何故か手にはチュッパチャップスが握られている。
その少年の襟首を金髪で目つきの悪い少年が掴んでナカから引き剥がした。
「てめぇはドサクサに何やってんだ。怯えてるっつったろ」
「んもぅ、りんくんたら。ヤキモチ?」
「あぁ?!何だとてめぇ」
「あーもー!!揉めないの!!」
割って入ったのは短髪の少年。
彼も確か同学年だったと思っていると、
「でさ、これ君の手作り?」
最初の少年が再び尋ねた。
コクリと頷くと彼は目をくるっと丸くして、
「すごいじゃん!!プロみたい!!」
と手放しで褒める。
「ねぇ食べてもいい?」
そんな言葉に頷いたのはサッサと消えて欲しかったからだ。
彼はパクリと一口食べると
「うわっすげウマ!!何これ」
と喚くと、
「みんなも貰いなよー。すごい美味しいよ」
と無邪気に周囲に勧めている。
今しかない。
ナカは彼が弁当に夢中になっている間に脱兎のごとく逃げ出す。
「あ!!何で逃げるの?!」
そんな声に追い掛けられて始業のチャイムが鳴るまで2人の追いかけっこは続いた。
ナカが禎のナンパに陥落するのはそれから1カ月後のことだった。
★★★★おしまい
- 11 -
[*前] | [次#]
ページ: