手袋はふたつでひとつ【禎】※
冬の雨の日は、寒い。
たまたま部活が早くあがったので禎と一緒に帰るとができて、少し嬉しい草だった。
少しぎくしゃくしていた仲も、最近はなんとなく元どおりになりはじめ、なにが良くてなにが悪かったのかは少しもわからないが、草はホッとしていた。
はぁっと吐く息が、白い。
最近寒気がぐっと一気に来たようで、おまけに雨となれば体感温度は更に寒く感じてしまう。
「禎さん」
「なーに?」
オレンジ色の綺麗な傘をさす禎の指先は、赤い。
暖かそうなセーターにもこもこもマフラーを巻いているのに、指だけ無防備なのは、少しだけ不自然だった。
「手は…冷たくないのですか?」
草の言葉に禎はえへへっと小さく笑った。
「つめたいよー?」
ぺとっと禎が草の頬に指先をつける。
「本当に冷たいですね」
草は左手の手袋をはずして、禎の手を包み込む。
「うん」
「手袋は…しないのですか?」
草の問いに禎は赤い頬で笑った。
「苦手なんだ。手になんかついてるのって」
「でもこれじゃ…」
それでなくても普段からもこもこで冷え性のようだなと草はみていたのだけれど。
「大丈夫大丈夫。でも寒いね〜」
はぁっと白い息を吐く禎のセルフレームの眼鏡の奥の横顔は、草にはとても綺麗に見えた。
「こんなに冷たいと、辛いでしょう。手袋してください」
草が自分の手袋をはずして、差し出す。
「やだな、草ちゃん。そしたら草ちゃんが手が冷たくなっちゃうよ。大丈夫だからー」
「別に俺は冷たくても、かまいません」
「俺だって、ちょっと手が冷たいくらい平気だよっ」
「身体を冷すのはよくありません」
真剣に言われて、禎はちょっと困ったように苦笑する。
草は一度言い出すと、これで結構頑固なところがあることも、禎はわかっていたから。
心配性だなぁ
と口の中だけで呟いて、でも口元は自然に緩んでしまう。
気持ちが、嬉しくて。
「かたっぽだけ、借りるね。草ちゃん」
「はい」
左手の草の手袋をはめて、禎は笑う。
「ぶかぶかだ」
「手足が大きくできていますから…」
「足が大きいと、身長伸びるって言うよね」
禎は小さく声を立てて笑う。
草はんーと考える。
禎の手が、寒さで指先がほんのりあからんでいるのが気になってしまって。
「禎さん。傘、左手でもてますか?」
「もちろん」
禎が傘を左手で持つと、草は自分の左手で禎の右手を握り締めた。
「草ちゃん?」
そのまま自分のポケットに、禎の手ごと入れる。
「これで少しは、暖かくないですか?」
指を一つ一つ組み合わせて握られる手に、禎は唇を噛む。
そして、困ったように笑う。
「やだなー。草ちゃん。これじゃ目立っちゃうよ」
「大丈夫です。雨で周囲がけぶっていますからそんなに目立ちません」
「でも歩きにくいし」
「近寄れば、大丈夫でしょう」
「でも…」
「いやですか?」
覗き込むように首を傾げられ、禎は困ったように笑う。
草は自分が常識的にふるまおうと努力しているのをしっているが、常識的な人間はそんなことは考えはしない。
つまり、どちらかといえば草は常識がわからない…非常識なのだ。
これが、普通のお友達として、いきすぎな事がわかっていない。
距離感がつかめない…天然だ。
教える事は簡単だが、教えたくなくて、つい首を横にふってしまう。
「やじゃ、ないよっ」
その言葉に草はホッとしたように笑う。
「では、こうしていきましょう」
ぎゅっと握られてポケットに入れられた手は、なぜか手袋をした手より暖かかった。
END 2009 10 25
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