握れば拳開けば掌【凛之介・えりち】



そこはなとなく『心のバランス』凛之介くんsideの続きのような・・・そうでないような感じです。


相変わらず屋上の集まりで、個々に漫画を読んだり話したりとみな忙しい。

草はアクシデントなく日々が過ごしてゆければそれだけで満足だ。
普通で平凡で問題の無い、つまらない日常をもっとも愛している。

ちいさな諍いはあっても、仲裁する者が仲裁をし、謝るべき者が謝り、軌道は修正される。

それは綺麗な形だ。

自分が出張る事も無く、みんなが笑っていれば、それでいい。
少し退いて、俯瞰でものを見るのが好きな草はそんな事を考えながら、いつもどおり日陰で詩集を読んでいた。

正面に立つ凛之介に草は不思議そうに首をかしげた。
どこか緊張感をはらんでいて、普段なら仲間内でそんな顔はあまりしない凛之介だったが…。
何かあったのだろうか?

「どうかしましたか?りんさん」
草は顔を上げて問う。
「ここ、いいか?」
「はい」
ストンとすわり、足の間に顔を沈める凛之介は随分まいっているようで、草はもう一度首をかしげた。
「どうかしましたか?」
「別に…。いま、何読んでんだよ」
草にとってもっともあたりさわりの無い話題。
それが今読んでる本は何?だった。

会話が無ければ大抵の仲間が話のつなぎにその言葉を切り出す。

草はハードカバーに目を落とす。

「谷川俊太郎という人の詩集で、今読んでいるのはいのちの輪というものなのですが…」
「どんなんだ?」
聞かれて、答える。

「暗唱しますね。
『暴力を前にして
おののき震えぬものはいない

私たちは死をおそれる
私たちはみな生を愛する

幸せを求めているものを傷つけて
幸せになれるだろうか?

なぐればなぐり返される
刺せば刺し返される
撃てば撃ち返される
殺せばあなたも殺され…』」

バシッと本をはらわれて、一瞬沈黙がおちる。

「え、なに?」
「どうしたの?」

草と凛之介にみんなの注目が集まる。
草は笑んで立ち上がった。

「なんでもありません。本に虫がとまったみたいです。
りんさんはそれを払ってくれたのです」

草は凛之介を背後に隠し、そう呟いた。

「もー。吃驚しちゃったわー。」

聡い町蔵がのん気に言葉を出して、みんなの気持ちを誘導する。
それに納得したのかそれぞれがまた、自分のしていたことに没頭してゆく。

「どうしたー?りんくん」
えりちが心配そうによってるく。
さすがにえりちはだませないようだった。
「本…わりぃ。草」
小さく震えながら凛之介は顔を伏せてつぶやいた。
「図書館の借り物ですから、破れなければ問題ありません」
草は本を手にし戻ってくる。
「なに?草ちゃん、りんくんいじめたの?」
「どうやらそのようです」
草は困ったように、はにかんだ。
「りんさん?」

握り締める手。
その中に血の匂いをかいだようで凛之介は眉をきつく寄せた。

「んでも、ねぇんだ」
「そうですか…」
草は再び凛之介の隣に座る。
凛之介の豹変は詩の暴力的な言葉のせいかも知れないと、草は推測をした。
凛之介の武勇伝は隣のクラスにいても噂にうとい草にも聞こえてくるほどだった。
「因果応報って奴か?」
唇に親指を当て小さく呟かれる凛之介の言葉に草は笑う。
「難しい言葉を使いますね。りんさん」
「馬鹿にすんな」
鋭く睨みつける凛之介に、えりちは首をかしげる。
「難しい言葉なの?草ちゃん。
因果応報って、ふつーは悪い事をしたら自分に帰ってくるって意味だよね?」
草は頷き、口を開いた。
「お釈迦様という人は、原因だけで結果は生じないし、直接的な要因(因)と間接的な要因(縁)の両方がそろって初めて結果はもたらされると言っています。そこで縁起とよばれる法によってすべての事象が生じており、『原因』も『結果』も、そのまま別の縁になって現実はすべての事象が相依相関して成立しているといわれる事。それが因果応報の仏教的意味です」
凛之介は、ははっと笑った。
「それ、日本語か?」
「自分的な解釈になりますが…結局はすべての自分の過去が、『現在』につながり『未来』に向かうということです」
「それは、当たり前だろう」
当然のように凛之介がいう。
「『殺せばあなたも殺される…』
りんさんは、いま生きていますね」
「……みりゃわかるだろ」
「『なぐればなぐり返される』
想像でしかありませんが、りんさんも痛い思いをしているのではないですか?
喧嘩など俺はする気持ちはわかりませんが…」
「…ただの獣だよ」
凛之介は吐き捨てるように言った。
「この詩の最期は、こうまとめられています。
『あなたのいのちはつながっている
他のすべてのいのちと』
りんさんが獣を飼っているというのなら、俺も、すべての人も飼っているのだと思います。
りんさん一人じゃありません」
「……他人になんか、興味ねぇよ」
その言葉に草はふっと笑い話を変える。
「俺は変わっているといわれることが、嫌いです」
「個性的なのってよくなーい?」
えりちの言葉に草は眉を寄せる。
「変人、変態、変という言葉がどれほど人を傷つけるか。
だから、普通であろうと思っていましたし、そう心がけてもきました。
自分は自分以外には、なれないのですが、ね。
おかげさまで、見事にひねくれました」
草は肩をすくめる。
そして、凛之介の掌に優しくふれる。
「りんさんは喧嘩をしてたくさん人を殴ってきたんでしょうね」
「ああ。お前が想像する以上だと思うぜ」
きつく握られた凛之介の拳を、ゆっくりと草は開く。
凛之介の表情は硬くて、読めない。
「『握れば拳開けば掌(たなごころ)』という言葉を知っていますか?」
「きいたこと…ある」
「握り締めれば拳となる手も、開けば人を撫でる手になるということです。
慣用句ですが、ようするに同じものでもそれに対応する気持ちや状況しだいで、変化する事のたとえです」
凛之介の開いた掌を、えりちのほうにもってゆき、草は凛之介の掌を包み込むようにし、凛之介の手でえりちのやわらかな頬を撫でる。
えりちはその珍しい感触に、くふんと表情をほころばせ肩をすくめて目を閉じた。
ぎこちない凛之介の手の硬い動きに、草は笑う。
「手はなににでも変わります。
拳にも、撫でる手にも、そして差し出す手にも、守る手にも、すくいを求める手にも」
「…」
「この手があって、現在のりんさんに俺は出会えた。
色々あったと思いますが、多分そういうことでしょう。
だから俺は、この手に感謝します」
いとおしげに草の長い指が凛之介の手を撫でる。
凛之介は自分の手を不思議そうに見て、握り締め、開く。
「そうか…」
凛之介は立ち上がり、自分の開いた手を太陽にかざす。
納得したのかしないのか、凛之介の表情は読めないが…瞳に力があった。
「そういえばお日様って、消毒作用があったよねー」
「何の話だ?そりゃ。
草もえりちも、わけわかんねぇこといってんじゃねーよ」
にっと笑い、凛之介は身軽に駆け出してゆく。
たとえ無理矢理でも、ここで笑える凛之介は強いと草は思う。

凛之介の後姿を見送り、草は本を開く。
「草ちゃんの嘘つき―」
えりちの言葉に草は本の文字を目で追いながら呟く。
「はい。俺は嘘つきです」
「因果応報にそんな意味なんか無いのに」
「まったくないとはいいきれません。
裾野を広げれば百万分の一位はそんな解釈も絶対不可能だとは言い切れません。
日本語は便利な言葉です」
「強引だねー。
りんくん、信じるよー多分。
草ちゃんのこと頭イイとかおもってそうだし」
「本当に頭のいい人は、難しい理屈なんかこねずに、すべてを相手のわかる言葉で話すものです」
肩をすくめ吐息をつく草に、えりちは目を伏せ呟いた。
「優しいね」
「俺は利己的ですから、せっかく出来た輪が崩れるのが嫌なだけです。
りんさんが元気ないと、2組が沈みますから。あとえりち先輩も」
「なんでおれがはいってくるかなー」
えりちが草の髪をくしゃくしゃにかきまぜる。

さっきから気になっていたのか、ちらちらとこちらを眺めながら入り込めずにいた禎にえりちが話し掛けようとしたとき、五時限目開始の予鈴がなった。
「草ちゃんって、人の事ばっかりかまって、自分の物失うタイプ?」
ふっと振り返るえりちの小悪魔な笑みに、草はわけもわからずただ頷いた。
「?
そう、かもしれません。
俺は自分の事で手一杯ですから」
勇気を出しただろう禎が口を開いた瞬間、他の仲間の声が響く。
「教室かえらないと」
「急がないと先生に怒られるよー」
いつもののどかな声が、屋上に響いた。

END 2009 10 22

谷川俊太郎氏の詩集 佼成出版社より
『すこやかに おだやかに しなやかに/いのちの輪』


凛之介君side『軌道修正』に続きます。

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