みんなで屋上へ01



朝、HR前――
ぱたぱたと走ってくる可愛らしい足音に、草は読んでいた現代語訳曾根崎心中という本から顔をあげた。
「草、草」
「はい。どうしました?ナカ」
「あのさ…これ、昨日部活で焼いたんだ。バナナパウンドケーキ。
寝かせて一日たったから、丁度食べごろだと思う」

それにしては、焼き型二本分は流石に多いだろうに…。
草は視線でそれを問う。

「毎週みんなで屋上でなんかやってるでしょう?
みんなで食べてくれると嬉しいな」

くふっと笑うと、マシュマロのように可愛らしいナカだ。
そのほっぺたをそっとつまみ、草は目を細めて笑う。

「そのお話はお断りしておきましょうか。ナカ、ちょっと良いですか」
「え?」
まさか断られるとは思わなかったナカは、傷ついた瞳をして草の高い背中についてゆく。

草は漫画を読んでるナオの席の横に立つ。
とん、と机を軽く指でたたき、ナオの顔をあげさせる。
「ナオさん、ナカの友人の草です」
「お前…それ言うの何回目だよ」
「聞かれる前に言うのが、思いやりかと」
その言葉に、ナオは目を伏せた。
草の声は低く、落ち着いている。
そして、少し小さい。
意識しているのかしていないのかわからないが。
「で?」
「ナカがおやつを作ってくれたので、今日の昼休みナカを屋上に連れて行こうとおもいます。
自分で渡したほうが、みんな喜びますし」
草はナカを振り返りながら言った。
背後では
え、無理だよ出来ないよ。
というように、プルプルとナカがふるえている。
「で?」
「人見知りのナカを一人で行かせるのもあれなので、良ければ来てくれませんか?」
「……お前いくんだろ…?」
呟くのナオに草は目を伏せ更に言葉を重ねた。
「ガードは多い方がいいとおもいますが」
怯えるナカを振り返り、呟く。
「………」
まだしぶっている様子のナオにナカがおろおろしながら、草の制服をぎゅっと握り締める。
「あ、俺いけるよ。うん。へーき。草といっしょなら…大丈夫!」
ナカの無理矢理作った笑顔が、みえみえで…。
震える唇に、草が更に呟いた。
「行かない理由は、瑣末な事…ではないのですか?」
草はやわらかな、そして挑発的な笑みで呟く。
ナオはその顔を見てふーんと小さく呟いた。

「アンタ、性格あんまりよくないな」
「それについては同意します」

草は目を伏せ、眼鏡をくいっと上げた。
「ま、いいか。どうせ嫌ならすぐ帰る」
草は振り返り、背中についたナカに笑いかける。
「ということで、四時限目終わったら屋上へ。いいですか?ナカ」
「え、う、うん!」
草は目礼して、自分の席に行く。

ナカはナオの袖をぎゅっと握り締めた。
「ご、御免ね。ナオ。草、強引な所あるからっ。うるさいと、やだよね?
たくさんの人とかめんどくさいし…」

「あいつ、俺のことおもしろくないと思っているはずなんだけどな…」
ナカの言葉を聞きながら、ナオはぼそりとつぶやく。

「え?え?でも、いま普通に話していたし」

「嫌いな相手でも、自分の好きな奴のためなら動くってか?」

「どういうこと?」

ナカは不思議そうに首をかしげる。

「お前が気になってせっせとおやつや弁当つくっていたから、いっそ巻き込んでしまおうって腹だろう」

「うん…?面白くなくて、好きで、巻き込む?
よくわかんないけど…ナオは草が…嫌い?」
ナカにとってそれが一番大事なことらしい。
話しについてゆけてないナカにナオは小さく笑う。

「いや、嫌うのめんどくさいし。
まぁ、ぼくはわかる、だけど、あいつの場合は、見える。なのかもな」

「わかんないよ。ナオ」

ナカは困ったように、ナオを見る。

「いいよ。ナカはそれで」

「………」

ずるずると、背中をずらし、椅子に寄りかかるように漫画を読み始める。


静かな所に、行きたい。
ナオは青い空を見上げて、ぼんやり思った。
 

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