トクベツじゃない日常



 時々、この普遍に続くんじゃないかと思う日常がたまらなくイヤになるときがある。
 まるで生ぬるい温水にいるようで、息苦しくてもがきたくて。
 何がどうというか原因があるわけじゃなくて、気づけば当たり前に何不自由なく過ごしてることが受け入れがたくなる。
 そういう時は大体感覚が鈍くなって、日常との間に薄い膜が張ったようにふわふわゆらゆらとした視界で一日を過ごす。
 真夏の日差しがその感覚に拍車をかけ、まるで白昼夢を見ているような気分だった。


 チョークの音とページをめくる音がする。
 さまざまな声が不協和音になって反響する。
 日差しが肌を焼く。
 校庭の砂とまばらに生えた木の陰がコントラストを描く。


 どれも自分の日常を形成する当たり前の風景で、だからこそいっそう逃げ出したい気持ちになった。


「……フケよ」


 お騒がせな友人たちが心配するといけないから、とメールを送り、それすらわずらわしいと思う今の自分に自己嫌悪した。
 自分は恵まれてると思う。
 時折友人たちから垣間見えるさまざまな事情が、さらにその思いを強くする。
 二親がそろっていて、衣食住に一度も困ったことがなくて、進学するのに金銭の心配をする必要もない。
 弟は今ちょっと困った状態に陥ってるが、それだって予測できた出来事で、両親は愚痴をこぼすこともあるが「お前が心配することはない」と言ってくれる。
 たぶん、中流階級の端っこに引っかかってる家庭では、どこにでもあるごくありふれた日常の風景で、時間がたてば「そんなこともあった」と懐かしむような些細なハプニングだ。


 だけどそんなトクベツじゃない日常が息苦しい。


 『普通』というカテゴリから飛び出したくなる。


 けれど自分はすごく臆病で、高校生なら誰でもやってるようなささやかな冒険すら一歩を踏み出せずにいる。
 息が苦しい。


 自分自身が何をしたいのかわからない。


 自分自身が作り出した殻の中で、飛び出し方を忘れてもがいている。


 トクベツじゃない日常が怖い。


 数年もたてば誰からも忘れられる存在であることが怖い。


 そうなるようにしたのは自分なのに、理不尽に友人を攻める自分の心が怖い。
 傷つけたくない。
 傷つきたくない。


 堂々巡りの思考が心を苛む。


 蝉の声がする。
 目の端に緑陰が映る。
 誰もいない砂場が太陽で光る。


 あぁ、のどが渇いたな、と視界が揺らいだ。


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