はじめましてはチョコの味01



[はじめましてはチョコの味]





「あのー、御免下さい。」


丁度通りかかった玄関から聞こえた声に一瞬だけビクッとしたが、どうせあの女──肩書きだけの母親──が出迎えるんだから、とりんのすけは素通りを決め込んだ。
向かいから来た例の女は「近くにいたなら、りんくんが出てくれても良いじゃない」なんてにっこり笑っていたが俺はそれが気に食わねぇんだ。
昔っからこの家は客人が多い‥祖母の友人で書道家やら華道家とかその弟子やら、もちろん祖母の弟子も。
玄関から聞こえてきたのは、おそらく若い男の声だ。先日、茶道の先生についてきたあの青年だろうか?特に興味もないからいいのだけど‥‥部屋につくと、本日2つめのヤンヤンを手に取りその魅惑の味を堪能した。
しばらくして、 トントンッ と叩かれた自室の扉。その向こうからは母親という名の他人の声が聞こえてくる。

「りんくん、ちょっと来てくれる?先ほどのお客様から戴いた品が、りんくん宛なんですって!」

客が来る度に(得に若くて多少顔が良いオトコが来ると)上品な口振りをしようとするこの女は一体何がしたいのか‥‥りんのすけには理解しがたい。客間では祖母とその客が待っていると聞いて、致し方なく俺は客間に足を向けた。

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「いえ!そんな、とんでもない!師範に言われて書いた書がこんな立派な舞踊の流派のお家元のお宅に飾っていただけるなんて・・恐縮です。」
「とってもいい雰囲気の書ですよ。」

余所行きの言葉遣いで少しばかり窮屈な思いもするが、どんなに境地に立とうともノリでどうにかなってしまうのが自分の怖いところだと鹿月は思っていた。事の発端は「隷書は君の方が腕が立つ」と幼少の頃から世話になっている書道教室の師範に言われ、断りきれずに指定された書体で掛け軸に文字を書いた。引き受ける気になったきっかけは、その時目の前にあった有名なケーキ屋の期間限定商品、“抹茶シュークリーム”と“抹茶黒みつプリン”だったのだが‥‥。
抹茶菓子の為に頑張った鹿月に、師範は抹茶味のキットカットと共に「自分の書は自らの手で渡すんだよ」と笑いかけてきた。
その微笑が逆に恐怖心を煽る‥‥どうしてこうも自分は弱みに付け込まれやすいんだろう・・‥親しくなるに連れてその度は増していく。師範が良い例だ。

届ける先を尋ねてみれば、舞踊の家元で師範の奥さんと昔からの友人だそうだ。
失礼の無いように、と着物まで着けられて、鹿月は着せ替え人形の如くされるがまま。家元のお孫さん宛の大きな紙袋を持ち、気をつけて行ってらっしゃいと手渡された巾着には沢山のお菓子が入っている。どれも抹茶やきな粉という和風の鹿月好みのお菓子・・‥うまそう‥‥お菓子につられているんだから、十分ガキだと鹿月は単純な自分に呆れていた。

「家元のお孫さんに、と渡されたのですが‥‥」

と、中身を知らない紙袋を渡すと、お嫁さん?に「凛之介を呼んできておくれ」と家元が告げていた。



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