それがあらわすもの。01
掃除も終え、部活へ向かおうとする禎の目に、意外な場所で意外な人物が。
自分の存在に気づかず、そのまま通り過ぎようとするその人物を禎は慌てて呼び止めた。
「よっち!」
不意に呼び止められた芳紀は振り向くと、禎を見つけて、はにかみながら会釈をした。
【それがあらわすもの。】
「へー、めずらしいね。よっちが補習って。」
同好会でも個人的にも、成績の話なんかはお互いあまり話題にもしないけれども、普段のやり取りや風貌から、禎にある芳紀の印象の中に「補習」という単語は思いもしなかった。
理由を明かし、どこか照れくさそうに頭を掻く芳紀が、禎にとっては意外な一面を見れて新鮮でもあり、嬉しいような。
「で、何時からなの?その補習。」
「一応16時に書道室って話なんスけどね。」
「え、じゃあ早く行かなきゃ!」
掃除当番だった禎が最後に見た時計の針は既に16時を指していたはずで。
最初から最後まで特に急ぐ事無くのんびりと過ごす芳紀の相変わらずなルーズさに禎は苦笑いを浮かべながら、二人は別れてそれぞれの場所へと向かっていった。
***
がらりと開けたその部屋は、墨の独特の香りが漂っていて。
戸口に立ったままで軽く視線を集め、会釈をする芳紀の目に映ったのは、目が合った女子数名と、窓際で空を眺める男子生徒だった。
所在無さげに佇む芳紀を、書道室奥の準備室から出てきた教師が丸めた教科書で遅いと頭を小突き、教卓の真ん前の席に座るように促した。
促されるままに芳紀は席に付くと、隣に置いたカバンの中から道具を一式取り出した。
「お前も授業中に適当でいいから何か書いておけば、今日もさっさと部活行けたものを。」
「適当なものを書くぐらいなら、最初から書かない方がマシっすよ。」
「どこの書道家だ、お前は。」
そんな教師との会話を聞いていたのか、芳紀の斜め後方からくすりと噴き出す声が聞こえ。
芳紀は不意に視線を後ろに向けた。
その先にいるのは、準備された白紙の半紙を前にして、部屋に入った時と変わらずに空を眺める男子生徒。
横顔から見た感じで覚えの無いその男子生徒を、芳紀は上級生だと認識した。
「ほら、余所見してないでさっさと書く。」
「てっ!」
ぽんと軽い音を立てて、また教師から頭を小突かれた芳紀は、じとりと教師を睨み上げると渋々半紙を取り出し、折り目を慣らすようにすっと文鎮を半紙の下から静かに押し上げた。
出された課題は「好きな一字」。
しかし、芳紀はどうしても時間内にその一字を決めることが出来ずに、放課後の補習となってしまっていた。
そして授業から時間を少し空けた現在も、白い半紙を埋める一字が思いつかず。
暫くは静止して半紙を見つめていた芳紀だが、あぁもうと小さくぼやくと頭を抱え込むのだった。
そんな生徒を見かねたのか、教壇に立つ教師は目を閉じて一番に浮かんだものを言ってみろと助言をくれた。
芳紀はその助言通りに、頭を抱え込んだままの姿勢で目を閉じて、暗闇に中から浮かんでくるイメージを具現化しようと努力した。
「その一番に浮かんだものは大抵自分が好きなもんだ。それを連想できる一字を書くのも一つだろ。」
「・・・マジで?えぇ・・・、これを・・・。」
「とりあえず言ってみろ。」
「・・・アイス。」
「課題は今日中に絶対提出の事。」
「絶対ぇ無理だし!!」
嘆く芳紀を見向きもしないで教師は準備室へと向かったが、入り際に「鹿月、悪いがちょっと手伝ってやれ」と言葉を残して姿を消した。
- 7 -
[*前] | [次#]
ページ: