ご想像にお任せします。01
全開に開けられた教室の窓から、校庭の木に止まっているセミの鳴き声が聞こえる。
芳紀は薄い問題集をパタパタと扇ぎ、ちっとも涼しくならない生ぬるい風を顔に送りながら、ぼんやりと誰も居ない校庭を眺め、退屈な時間をやり過ごした。
いい加減風を送る手がだるくなってきたので、問題集を持ち替えようかと思った時、ぬるい風に混ざってふわりと甘い匂いが鼻を掠めた。
途端に腹の虫が動き始める、昼食前の地獄の4時限目開始まで後少し。
【ご想像にお任せします。】
「凛之介、おれにもー。」
ちょいちょいと手を拱けば、自分の前に座るクラスメイトは振り向きもせずに、机の上に置いていたそれを芳紀に差し出した。
芳紀は残り少なくなっている中から貴重な一本を手に取って、暑さでぼんやりする頭で摘んだそれを読み上げた。
「ねだんをきかれているたべものは?」
「イクラ。」
「・・・お前、答えるの本当に早いよな。」
芳紀の読み上げたなぞなぞに、りんのすけが間髪いれずに答えを言うのは今が初めてではなくて。
寧ろなぞなぞを読み上げる前に答えを言い出す辺り、ひょっとしてもうこれに書かれている全問が、前に座るクラスメイトの頭の中にインプットされているのではないかとさえ思えてしまうほど。
もし仮にそうだとしたら。
こいつは一体今までどれぐらいこれを食べてきたのだろうか。
家に箱で買ってあったらそれはそれでウケる。
カートン買いならぬ、お菓子のボックス買いだなんて。
いや、それ以上にお菓子メーカーに依頼して定期購入なんかしていたら、もうウケるどころの話ではないか、などと広げすぎた思案を最終的には我ながらにくだらないと締めくくり、鼻で笑いながら芳紀はさくさくと少しずつかじっていった。
腹の虫を抑える為に、何となく大切に食べてしまった頂き物を口でしがみながら、芳紀は4時限目の用意を机の上に並べ始めた。
前に座るりんのすけも、最後の一本を口にすると、机の上に置いていたものをカバンの中に片付けようとしていた。
そんな動作を視界の隅で見ていた芳紀は、また湧いてきた疑問を、今度は何気なくりんのすけに問いかけてみるのだった。
「なぁ、その余ったチョコレート、お前どうしてんの?」
芳紀の問いかけにぴくりと身体を揺らすものの、りんのすけは前を向いたままで。
そんなりんのすけの背中を見る芳紀もまた、黙ったままで。
静かになっていた校庭のセミが再びしゃわしゃわと鳴き出した時、何となく芳紀は自分が地雷を踏んでしまったことに気が付いた。
まぁ食べてるんだったらいいんだけど、という芳紀の独り言にも答えず、りんのすけはそのまま寝る体制に移っていった。
捨てるにはちょっと勿体無いと思ってしまう量が残ったチョコをゴミ箱へ持っていかずに、カバンに片付けている辺りでりんのすけからは質問の答えをもらっている。
芳紀は再び薄い問題集で扇ぎながら、今度は黒板の上にあるスピーカーをぼんやりと眺めていた。
―・・・食べているんだったら、それでいいじゃないか。
まぁその食べる方法が例え、これとあれを使っているのかなとか、これで食べるりんのすけと、あれで食べるりんのすけが頭をさっきから過ぎってるけど。
うん、残ったチョコレートを最後まで綺麗に食べてるんだったら、やっぱりそれでいいんだから。
・・・。
・・・いいんだけど。
芳紀がぶぼっと噴出すのと、りんのすけが芳紀てめぇと掴みかかるのと、教師が教室に入ってくるそれらの全ては、1年生のある教室で同時に起きた一瞬の出来事だった。
(終わり)
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