Swingin' on a star ☆



※ナカ「はじまりはお弁当から」と同時進行


賑やかな教室を抜け出して、ナオはなんとなく部室へ行った。
茶道部の部室は「生活館」という名前の建物の3階にあって、講堂や体育館同様、校舎とは別の建物になっている。

日に焼けた安い畳の匂いが好きだ。
洗っても洗ってもとれない、茶道具にしみついた埃の匂いも。


ナオにとって、物心ついたときには既に世界はいつもごうごうと唸り声をあげていた。
その中で、いつも何をどうしていいのかまったくわからずオロオロしていた。

小学校3年の時、担任が母親に言った。
「お宅の息子は人の話を聞けずキョロキョロしている。
教科書を忘れても憶えてしまえば問題ないから丸暗記した、と嘘ばかり吐く。
忘れ物ばかりしているので『私は忘れ物王です』と書いた紙を背中に貼って廊下に立たせてもヘラヘラしている。
集団行動ができなくて、ホームルームのたびに頭が痛いとか気持ち悪いとか仮病ばかり使う。
アタマがおかしいので精神病院で検査して、そして異常を見つけて養護学校に転校しなさい」

母親は「おかしいアタマの子」ではないと証明するためにナオを精神病院に連れて行った。静かな病院の中でたくさんの色々な検査をして、テストを受けた。医者は
「別におかしくないですから大丈夫ですよ」
と言った。

ナオは訊かれなかったのでそのときには言わなかった。

先生、僕、音が。

音が多すぎて何がどの音を出しているのか、
声が多すぎてどの声が誰の声か、
どれが僕に言っている言葉なのか
わからないんです。


人は大抵、聴き取る音を選択して、それ以外の音はシャットアウトする。
会話している最中に近くを通りかかった人の話し声がしても、言葉として拾わない。
時計の音や車の音も耳には入っているけど聴いていない。

でもナオの耳は全部の音を拾ってしまう。
靴音、時計の音、車の音、風の音、どこかで流れてるラジオ、誰かが何かを落とした音、ありとあらゆる音が入ってくる。

人が多ければ、色んな言葉が入り交じり文章にならなくなる。
話しかけられても、何を言われているのか全くわからなくなる。

ヘッドホンで音楽を聴いたら他の音は聞こえないんじゃないかな、と試してみた。
でもナオの耳はスイッチの入る音や細かいノイズまで全部拾ってしまい、吐いた。

でも先生は僕の事を「異常なし」って言った。
だからきっとみんなだれでもこうなんだ。
それなのに僕は自分だけ大変だと思ってたんだ。
泣いてる場合じゃない、頑張ろう、僕。
だって僕は誰よりも出来が悪いんだもの。

小3のナオはそう自分を決定した。

だからナオは誰が何を喋っているのか、何がどの音を出しているのか、とてもわかりやすく図解になっているマンガが好きなのだ。

人のいない部室は楽だ。学校の近くを通ったどこかの車からシナトラの『Swingin' on a star』が聴こえてきた。
畳の上でごろごろしていたらお腹がすいていたのに気付いた。

弁当、喰おう。
同じクラスのナカってヤツが何故かよく話しかけてきて困ったな、と思ってたけど、ある日人のいない廊下で苦手な食べ物を訊かれたとき、やっとヤツの声だけを聞く事ができて、声と顔と名前が一致して、答える事ができたんだ。
ナカは嬉しそうに笑った。

あの翌日からナカは弁当をくれるようになった。
くれるんだけど、いつもそのまま逃げるようにいなくなっちまうんだ。
なんでだろうな?あの廊下で笑った顔と、教室で見かける笑い顔が全く別人のようなのと関係あるんだろうか。
今日のは夏野菜のトマト煮と鯵とジャガイモのコロッケ。それから雑穀米のおにぎり。

トマト煮。これ好きだ。生トマトはアレルギーがあって食べられないと言ったからだろう。
美味い。
本当に。
優しいけど、何故か寂しい味がする。

ナオは自分が泣きながらコロッケを食べているのに気付いた。

うーん、涙ってなんでしょっぱいんだろう。
でもこのコロッケ今ちょうどいいってことは…これ塩味足りなくね?
はは。

訊かれなかったから言わなかったけど、たまには自分から言うかな。
ごちそうさま、だけじゃなくて。
美味かった、って。
コロッケちょい味薄いってのは言っていいのか?
言わない方がいいのか??
もし「他に何か気付いたこととかある?」って訊かれたらでいいか。
面倒くさいな…でも悪くないな。
これはやっぱり、友人ってことでいいのかな。



その頃、ナカは禎に追い回されていた。

 

END

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