さまつなこと ☆



※草「みんなで屋上へ」のあと。



ナオは、耳がよすぎるのが昔は悩みだったが、今は
「まあしょうがない、だってこれが俺だから」
と自分の中で納得しているので悩んでいない。
聴力がよすぎる上に、耳に入る音全てを脳が拾ってしまうためこれがなかなか難儀でキビシイ。何が難儀かというと、ひとの話し声が混じってしまうのだ。
例えば目の前でナオに
「なあ今日の数学の公式込み入ってて難しくねえ?」
と、話しかけている人がいるとして、そこに
「おい明日新しくできたモール行こうぜ」
と後ろを話しながら通り過ぎる別の人がいるとする。
もうそれだけで何が何だかわからないのだ。

「おああしょうあたらしうがくできたこうしきモーっててむずかしこうねぜ」

になってしまうのだ。
慣れっこなので、このくらいまでならなんとか予想して相手の話を聞くことができる。
しかし実際は、聞こえてくる範囲にはもっとたくさんの人がいるのだから、本格的に訳が分からない。
しかも時々声や音が重なってハウリングを起こしたみたいになって頭が痛い。
その上、ナオは人の顔と名前が憶えられない。
どうやっても頭に入らないのだ。
「まあ、仕方ねえよな」
難儀で困りものではあるが、だからといってそのことを悩んでいるわけではない。

話しかけられて、訊き直すときの相手のがっかりした顔が嫌なのだ。
「ひとのはなしを聞けよ」
と、怒ってもいいだろうに、大抵の相手が「自分の話し方が下手だったのか」と思うらしい。それが困る。
「悪いのは俺の耳と俺の頭であって、相手はなんにも悪くなんだから」
悪いものに悪いと言うのは平気だし、当たり前だ。
けど悪くないものに悪かったと謝られると、ものすごくダメなのだ。

言ったことはやる。
思っていないことは言わない。
言葉は、人を助け、人を殺す。
だから適当なことは言えない。
確実なことしか口に出さないことにしている。
言わなくてはいけないこと以外は、わざわざ言わない。
それはナオの中での絶対的なルールで、変えたくても変えられない。

言わなくてはいけないことがあったとき、間違えないように、それ以前に相手を間違えないように、ナオは相手に肩書きを付けていく。
それでも間違えたり、わからないことは多い。
だからナオは人と距離をおくことにしている。


なのにどうして、俺はよく人から話しかけられるんだろう…
なんで俺の名前を憶えてるんだ。わかんねえ。
ホント、どうでもいいと思われていたい。

「めんどくせえ…」
知らず呟くと、隣の席でナカがぴくりと反応した。

おいちょっとまて、お前に言ってない。
なんだなんだその目は!
うるうるすんな!目ん玉が落ちそうだぞおい!!
授業中なので、ノートにマジックで
「お前のことじゃないから気にするな」
と書いて見せると、ホッとした様子が分かる。

最近ナカはときどき昼休みに屋上に行く。
そこに集まっているヤツらがまた、ものすごく騒がしい。

今日は、ナカは屋上に行くだろう。
食料袋がいつもより膨らんでいる。
ナカが行けばあの草ってやつがガーディアンみたいにつかず離れずくっついているだろう。
そんでその草のまわりをあの、あの、…あのナカの友人のメガネの二年生の妹がいる俺と同じくらいの背丈のすぐにむきになって時々声をひっくり返すあの人がちょろちょろしてるんだろうな。
あとは、よくわからないけど、とにかく賑やかだ。
本当に楽しそうだ。

ただ俺にはどの声が誰の声か、混じってしまってわからないから話しかけられてもなかなか答えられないし、何が楽しいのか全くわからない。それだけは申し訳ないが、まあ仕方ない。
会うヤツ会うヤツ全員に俺の事情を説明してまわるの何だしな。

ナカも結構楽しそうだ。
ナカの声は何故か、切れ切れでもなんとか拾うことができる。
まだおずおずと、だけど、楽しそうに喋って笑う
最初は、なんで俺がついて行かなきゃいけないんだ、と思ったが
あの草ってヤツと、俺がいるから安心してるのがわかる。

ああ、そうだ、あの草ってやつには俺のことを説明しておいてもいいかもしれない。
なぜなら、あいつはナカのことが気に入っていて、俺のことが好きじゃないから。
それに思ったことを顔に出さないでいられる。
だから信用できる。



まあ、俺の事情なんて、確かに瑣末なことだ。



そしてこっそり頭痛薬を飲んでおくナオだった。
 



おしまい。

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