部活が休みの放課後。
凛之介は意外な場所にいた。
シンと音が聞こえそうなくらいに静かなそこで時折聞こえるのは、椅子を引く音、それと紙をめくる音。
町にある図書館は、凛之介が思っていたよりも人がいるけど。
“…居心地悪ィ”
明らかに自分が浮いているのがわかる。
特に誰に見咎められる訳ではないのに、むずむずする。
目当ての本をどうやって探したらいいかもわからず右往左往していた時、通路から不意に出てきた知った顔。
「「あ」」
殆ど声を出さず、口だけをパクパクした凛之介と草。
何となく互いに眉間に皺を寄せた。
「あ、あのよ…とるすといてどの辺にあるか知らね?」
「凛さん…でしたっけ?トルストイならふたつ向こうの棚に並んでますよ」
「わり」
凛之介は早くここを出たくて急いで棚に向かう。
草は凛之介とトルストイがどうしても繋がらず、何となくその棚がある場所を覗いてみた。
「…もっとこっちです」
棚に張り付く様に至近距離で一冊づつ細めた目で背表紙を追う姿を見て、草が誘導する。
「目、悪いんですか?」
「不便は特に感じねぇんだけどな、俺黒板とか見ねぇから」
草は軽くため息を吐いた。
苦手な人種だ、と改めて思う。
外見もさることながら、生活態度でもあまり良い噂を聞かない。
それでも、不思議と不愉快さはなかった。
「何故トルストイを?」
それは興味とでも言うのだろうか。
学業に勤しむ柄ではないのに、まさかのトルストイ。
「婆ちゃんがそれを読めってしつけぇから」
草は“へぇ”と思った。
人に従うタイプには決して見えない凛之介の、意外な一面が面白くて。
「戦争と平和ですか?」
「いんや、なんだったっけ…あんたかれーやさん?」
「…アンナ・カレーニナですね」
激しい恋愛と静かな恋愛、その二つを描いた作品を孫に読めと言う祖母ってどんなだろうと思う。
手を伸ばし、目的の本を取って凛之介に渡した。
「さんきゅ。」
それを持ち上げる様に凛之介は笑顔を見せた。
意外な程に人懐こい笑顔。
もちろん、未だ警戒心を解くつもりはないけれど。
「…いえ」
自分を無理に飾る事などないであろうこの男は、いつだって本能に正直に違いない。
それは敵をたくさん作る代わりに、強固な味方を作るもの。
今度、昼食を共にした時に“あんたかれーやさん”の感想でも聞いてみようか。
「で、これってどうやって借りんだ?」
草は今度は深いため息を吐いた。
おしまい
草Side
あんたカレー屋さん
に続きます。