キミの行方
「シノブさんが、いない…?」
今日はシノブさんの再退院の日だ。
午後2時には彼女の病室へ行き、主治医の風戸医師の話を親族の代わりに一緒に聞く予定だった。
俺自身は朝から病室に行こうと思っていたのだが、申し訳ないので少し前に来て貰えればいいと押し切られてしまった。
今となっては、なぜそこで彼女の言うとおりにしてしまったのか後悔しかない。
コナンに呼ばれすぐに駆けつけた降谷が見たものは、空になったベッドと綺麗に畳まれた病衣だった。
「高木刑事がついていたんじゃないのか!?」
側にいた高木の襟元を掴む。
高木は真っ青な顔で言葉を紡いだ。
「1時間前に…退院するからと蘭さんに持って来たもらった服に着替えるので外に出ていてくれと言われました。その間、看護師に頼まれていた書類を1階の受付まで持って行ってくれと言われて…」
その間に、見失いました…。
ぽつりと落とされた言葉に、降谷の背をぞわりと何かが駆け上がった。
「彼女は…いま、どこに…」
「誰にも分からないんだ、安室くん。彼女が行きそうな場所を知らないか?」
目暮が降谷に詰め寄る。
今やコナンも、小五郎も、蘭も、みんなが降谷、安室を見ていた。
「シノブさんの行きそうな場所…」
今の、シノブさんが行きそうな場所なんて、知らない。
しばらく一緒に住んでいたって、彼女に知らないと、覚えていないと言われるのが怖くて、当たり障りのない会話ばかりしていた。
“彼女”の行きそうな場所なんて…
「安室さん、シノブさんのことを一番わかってるのは、安室さんだよ!」
「…コナンくん」
コナンが降谷のシャツの裾を握る。
降谷は静かに目を閉じた。
動揺したままでは考えられないことは分かっている。
けれど、彼女の中に、自分がいないのを認めたくない。
彼女に俺を見て欲しい。
安室透じゃなくて、降谷零を見て欲しいと思ってしまう。
そうやって気持ちを避け続けていた結果がこれだ。
高木刑事のせいなんかじゃない。
彼女が、俺に頼れなかったのは俺のせいだ。
俺が、彼女に自分の気持ちを押しつけたんだ。
『…貴方には、関係ありませんよ』
それにこの気持ちは…初めてではない…。
「もしかして…」
「安室さん!?何か心当たりがあったの!?」
「いや、しかし、今の彼女が覚えているとは思えないし…」
「どこなの!?」
コナンの降谷を掴む手にさらに力が入る。
「…東都水族館」
「!まさか…安室さん、シノブさんに話したの?」
「いや、話してない。その場所の話を聞かれたから、行ったことはあるとだけ…」
東都水族館という言葉に反応したのは意外にも蘭だった。
彼女の手か震えている。
「わ、私、昨日シノブさんと東都水族館の話をしたんです。」
「なにぃ!?一体どんな話をしたんだ!」
隣にいた小五郎が蘭の肩を掴んだ。
「シノブさんが…安室さんと行ったことある場所みたいだから、気になるって言ってた…。それで、私、お二人が両想いになった大切な場所らしいって…」
「!もしかして、シノブちゃんは…」
「で、でも、私と一緒に行きましょうって、約束してたのに…」
蘭はその場で小五郎に支えられ、泣き崩れた。
しかしこれで行先が決まったようなものだ。
「ところで、まだ犯人は見つからないんですか?」
「いや、犯人は目星が付いている。恐らく、友成真。友成警部の実の息子だ。」
「動機は父の現場での病死に関する逆恨みという訳ですか」
目暮は深く頷く。
「彼がパーティー会場にも姿を現しているのを目撃した者がいる。自分の姿を見たシノブくんを必ず狙ってくるだろう。」
「…わかりました。すぐに東都水族館へ向かいます。」
降谷が踵を返す。その手をコナンが強く掴んだ。
警視庁のメンバーも、それぞれの持ち場に散っていく。
小五郎は、蘭を事務所に置いてからすぐに向かうとだけ告げ、走り去った。
「安室さん、僕も連れて行って!」
「…コナンくん、危険だよ」
「分かってるさ!でも、僕がここでこのまま待ってると思う?この中じゃ、安室さんに付いて行くのが一番いいと思って言ってるんだけど。」
降谷とコナンの視線が交わる。
彼女と同じ色の瞳に強く訴えられては、降谷はそのまま折れるしかなかった。
「…急ごう、コナンくん。彼女を守ろう。」
「ありがとう、降谷さん」
すでに辺りには誰もおらず、現場に急行していた。
けれど二人は、彼女を守るのは自分達しかいないと確信していた。