花火



「うわ、さすがにすごい人だな…」

「そうねぇ、新ちゃん手ぇ繋ごっか」



米花町の外れの大きな神社で夏祭りがあると聞いて降谷さんを誘ったのだが、今日は安室透の日で、ポアロでラストまでシフトが入っているらしい。

ラストと言っても喫茶店なので7時30分には上がれるとのことだ。

この夏祭りは花火も上がるため、8時の花火にもし間に合わなければ申し訳ないので先にコナンや蘭達と行っててくれということだったのだが…。



「蘭ちゃん来れなくて残念だったねー」

「まぁあいつはこの時期いつも合宿だから仕方ねーよ」



蘭ちゃんが来られなかったのは残念だが、こうして新ちゃんを誘って祭りには来ているし、後に降谷も合流予定である今、何も不満はない。

先ほど実家で新ちゃんの子どもの頃の甚兵衛を引っ張り出して着てもらい、自分は買って来た浴衣に袖を通した。

さすがの赤井さんも帯の結び方は分からないので、帯はさし帯にした。

紺の生地に胸元と足元に桔梗の柄を差した大人っぽいデザインだ。

髪は高めの位置でポニーテールにし、古風にも水色の髪紐でまとめている。



「さて、花火まであと1時間弱ありますがコナンくん」

「うん。とりあえず…」

「「食べよう!」」



二人はきゅっと手を繋ぎ、人混み紛れて屋台の列に突っ込んでいった。

赤と白の提灯に屋台の灯りで日は落ちているのにとても明るい。



「おじさん、たこ焼きください」

「あいよ!おねーちゃん美人だから1個オマケだ!」

「ありがとー!」



一舟のたこ焼きを2人分け合って食べる。

工藤家にもたこ焼き器があるが(服部が送ってきた)やはり祭りの雰囲気で食べるものは美味しい。



「焼きもろこしも食いてーなー」

「考えて食べないと、すぐお腹いっぱいになっちゃうよ」

「姉さん半分食ってくれよ」

「さすがに大口開けてかぶりつけないわよ、家なら食べるんだけどね」



きょろきょろと辺りに目を走らせる姿が可愛い。

きっと高校生の姿でも同じように食欲旺盛だったであろうことを想像し、姿が変わっても中身は変わらないなと微笑ましくなる。



「私、焼き鳥食べたい」

「!焼き鳥いいな!行こうぜ!」



ぐいぐい手を引っ張られ焼き鳥の屋台に連れて行かれる。

塩とタレ、一本ずつ平らげた後、さらにベビーカステラの袋を持って歩く彼の横顔は満足そうだ。



「新ちゃん、まだ食べられるの?」

「まだたこ焼き半分と焼き鳥とベビーカステラ食べかけただけだぜ?」

「うーん…じゃあ、次は…」



ベビーカステラは取っておけるし、と次の屋台のために持ってきたリュックに袋を詰める新ちゃん。

少年探偵団と一緒のときは小学生らしく振舞う(今も大概小学生らしいが)必要があるので気を許しきって楽しむことが出来ないのだろう。

現に、俺があいつらを見ててやらねーと…というのは彼の口癖である。



「あ、林檎飴食ってない」

「林檎飴は長持ちするから花火の前に食べたら…ってあら、もうこんな時間か」



林檎飴の屋台に釘づけになった新ちゃんに時計を見ると、すでに時刻は花火が始まる15分前だった。

すぐに買ってくる、と駆けだした新ちゃんの背中を見送った後、自分は綿菓子でも買おうかと屋台を物色する。



「お姉さん、一人?」

「いえ、連れがいます。」

「穴場の花火スポットあんだけど、一緒に行かない?」

「行きません。ここならどこででも綺麗に見えるでしょう。」



10メートル離れた屋台に行くのにも2人3人と声を掛けてくる輩がいる。

大抵の男は、シノブを遠目に見て目の保養にする者なのだが、たまにこういう強気で勇気のある奴らが出てくる。

そして今日は祭りの雰囲気もあってか、コナンがいなくなると同時にホイホイと寄ってくる。

(新ちゃん、早く帰ってこないかな…)



「お姉さん、祭りなんて抜けて、2人でどっか行かない?」

「…行きませんったら」



屋台のおじさんから綿菓子を受け取り、振り向くと新ちゃんが向こうからキョロキョロと私を探しながら歩いてくるのが見えた。

うっとうしい声を振り払いながらそちらに向かおうとしたが、痺れを切らした何人目かの男がシノブの手を掴んだ。



「ねえ、聞いてんの?」

「…アンタこそ聞いてんの?行かないっつってんでしょ!」

「はぁ?ンでだよ。ちょっと美人だからって調子乗ってんじゃねーぞ。一緒に遊んでやるっつってんだよ!」

「遊んでやるー?鏡見て言うことね。何様のつもりなの。」



アンタ程度のやつにホイホイ着いていくように見られてるなんて、上から物言うのも大概にしろ、と手を振りほどいて睨み付ける。

一瞬相手が怯んだのを感じたが、頭に来たのか今度はその手を振り上げる。



「危ない!」

「……」



片手を引っ張られ、体が少し傾く。

持ち前の反射神経で受けようと持ち上げた右手に衝撃が来ることはなく、相手の腕は既に目の前にない。



「いてててててて!!」

「…この腕、このままへし折ってあげましょうか」

「降谷さん、もうちょっと目立たないところでした方がいいんじゃない?」



どうやらシノブの左手を引っ張ったのはコナンで、男の腕を捻りあげているのは降谷さんのようだ。

2人共顔が怖いし、言っていることも物騒だ。



「…コナンくんの言う通り、目立つのも嫌だし2人共そのへんで…」

「ひ、ひいいいいいい!」



ちっ、と男に盛大な舌打ちを残し、降谷さんは腕を解放した。

コナンは先ほどのようにぎゅっと左手を握っているが、顔が笑っていない。



「大丈夫でしたか、シノブさん!コナンくんも!遅くなってすみません。」

「大丈夫よ!2人共ありがと…」



降谷の腕がシノブの腰に回る。

シノブが隣の降谷に顔を向けたとき、その向こうに腹に響くような大きな音が聞こえた。



「あ!シノブさん、降谷さん!花火だ!」

「ほんと…!」



雲ひとつない夜空に咲く大輪。

今日は風もほどよく吹いており、煙も綺麗に流れてくれるだろう。

次々に色とりどりの花火が打ち上げられていく様子に3人は少し屋台通りから離れ、見惚れる。



「綺麗…子どものときは音が少し怖かったけど、夏の消えてなくなる儚い芸術よね」

「コナンくんは怖くないのかい?」

「うん、平気だよ!ほんと、とってもキレイだよね!」



そうだね、とコナンに相槌を打った降谷は、瞬きも惜しいというように花火に食い入るシノブの横顔に近づいた。



「シノブさんも、今日は特にお綺麗です。浴衣、似合ってますね。」

「!ふ、降谷さん…」

「(ハハ、花火に夢中なフリでもしといてやるかー)」



コナンが若干呆れ顔で花火を見上げる。

後で蘭にも送ってやろうとスマホで夜景を撮影することに集中した。



「…降谷さん、急いで来てくれてありがとう」

「俺も、貴女と一緒に観たかったですから…」



花火の音を背に、2人の影が重なった。










(シノブさん、甘い味がしますよ)

(ああ、降谷さんも食べる?綿菓子、色んな色があるのよ)

(…花火見ろよ)

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